第23話  ブタ伯の森で

 ただいま、街道を横切る豚の集団に、アーフェン王子一行、つまりルッキオの馬車も足止めを食らっている。

 ブタ伯=ケルンテン辺境伯爵は、ルッキオの馬車のそばに騎乗のまま近づいてきた。ルッキオは、すべり出しになっている馬車の窓をかたむけて開けた。このほうが、外の音が聞こえやすい。


 黒ひげ大男は窓越しにルッキオと目が合うと、「これゃ、人の子か」と、めずらしい動物並みに見てきた。

 ルッキオも、(これがブタ伯か)と、作り笑顔で見つめているから、五分五分だ。

 しかし、気に入られるにこしたことはない。

 無邪気な笑顔を作った。


「ルッキオと申します。魔王の忠実なしもべ、サーシェルの第6王子です。ところで、すばらしいヒイラギかしの森ですね」

 さっき、ナーソーが言っていたことを、そのまま言ってみた。


「サーシェルから質子ちしをとったと聞いていたが、おまえさまか」

 ブタ伯の態度が、ちょっと変わった。

「こちらの土地のことを学びなすったか。感心、感心。小さな人は勉強家だな。ついでに教えておこう。ヒイラギ樫の実を食べた豚の肉は最高なんだ。豚を森で放牧するのは秋から春にかけてでな。森の中で豚は餌を求め歩き回り、ゆっくりと体重を増やす。豚は餌と水を探すため、この起伏のある森の中を動き回る。それで足の筋肉が鍛えられるってまけさ。このしなやかな筋肉には、ほどよく脂がまわり、ジューシーで香り高い肉質を持つこととなるのだよ。ちいさな人」


 やはり、魔人でも大人は自分の専門分野になると話が長い。

 しかし、風にのってケルンテン伯から、かすかな香りが漂ってくる。わらとクソを混ぜた、畜産を生業とする場所に付き物の香りだ。


 ルッキオは馬車の窓を閉めたくなったが、心の扉を開けてますとうわつらを整えてしまった。今さら閉められない。

 ものすごい作り笑顔で乗り切ろうとしている。


 そこへ、見るからに小作人が、あわててやってきた。

「旦那~。おらんとこのブタが逃げた~」


「なんだって」

 ブタ伯の顔から呑気な色が消えた。

「追いかけるぞ」


「わぁ、大変だ。ぼくにも、お手伝いできることがあれば言ってくださいね」

 ルッキオの口から社交辞令が、するすると出た。

 行きかけていたブタ伯が、くるりとルッキオに振り返った。

「それは助かる」


(わぁぁぁぁ。田舎もんには、社交辞令が通じねぇぇぇぇ)

 ルッキオは後悔した。


「行ってらっしゃいませ」

 ナーソーが、うすら笑いで、馬車の扉を中から開けた。


「でも、馬がないしな」

 ルッキオは、残念そうに扉を閉めようとした。


「わたしの馬をお貸ししましょう」

 そばにいた随行メンバーの魔人騎士がスマートに申し出てきた。


(おまえ、殺す。機会ができたら、絶対殺す)

 ルッキオは笑顔に怨嗟えんさを込めた。


 そしてルッキオは、のろのろと魔人騎士の馬にまたがった。庶子とはいえ、王子ではあるので乗馬は、そこそこ形にはなっている。

 

 しかし、問題は馬のほうだった。

 魔人の馬は急に乗り手が、ちっこい人になったことを知ると、あきらかに怠慢な態度になっていた。

 〈洗礼〉というものであろうか。

 ひひぃぃん!

 ルッキオの指示通り動く気がないばかりか、いきなり爆走した。


「わはははは。ちっこい人は、やる気マンマンだな!」

 ブタ伯は豪快に笑って、ルッキオを見送ってくれた。



 そうして、ルッキオの乗った馬は、ただやみくもに走った。

 完全に、ルッキオを小馬鹿にしているのだった。


「ちっくしょー。いくら小国の庶子の第6王子つったってだぁ!」

 悪態をつきながらルッキオは必死に手綱たづなにつかまっているのが、精一杯だった。

 

 しかしケガの功名とはこのこと。前方に豚が突然、飛び出してきた。

 思い切り、馬は豚の脳天を蹴ってしまった。豚は、すっ飛んでいって、ばったり倒れた。たぶん死んだ。


(うわぁぁぁ。これ、絶対、責任、取らされるやつっ)


 うろたえたせいで、ルッキオは馬の手綱たづなをゆるめてしまった。馬は、このときとばかり、うしろ脚を撥ねあげた。ルッキオの身体からだは宙に浮き、がごん、と倒れている豚の上に頭から落ちたのだった。

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