第22話 1泊め ケルンテン辺境伯領地
馬車は進む。
窓の外の風景も緑の木々。なだらかな山野の風景が続いていた。
「ほぅ。セイヨウヒイラギ
ナーソーがつぶやいていた。元王立大学の教員であるキノコ頭の、この男は、その方面にくわしいらしい。
「背が高いのがコルク
「1泊めは、どこだっけな」
ルッキオは退屈しのぎに、片メガネさんからもらったフルカラーの旅のしおりを取り出した。
「辺境伯の館だって」
さすが魔族、宿泊先は、しっかりしていそうだ。
「ほう、辺境伯ですか。このあたりだと、ケルンテン伯でしょうな」
ナーソーは、魔人の国のことにも詳しいのか。さらりと名前を出してきた。
「どんな人?」
「さぁ。人のうわさほど、あてにならぬものはありませんからな」
「知ってて出し惜しみしてるよね、絶対」
そういうときのナーソーは、くちびるの端が、ふるふるふるえるのだ。
「ブタ伯。人は彼のことを、そう呼びます」
「見た目?」
ルッキオは屈託がない。
「養豚でケルンテン領は栄えているという意味です」
「なーる」
そのとき、がっくんと馬車が止まった。
「どうしたんだろ?」
ルッキオは馬車の窓に鼻をくっつけて外をのぞき見た。
馬車の御者台にいるニーニの声が聞こえた。
「豚に道をふさがれました!」
ルッキオは窓から外を見ようとしたが、見えない。というか、そこから地べたの様子を見るのは無理だ。
がちゃりと馬車の扉を開けてみた。
「おお~」
たしかに、豚の団体さんが道を横切っている最中だった。豚はクリーム色の肌に黒い毛をまとっている。ルッキオが見知っている豚とはちがう。
豚の一群の向こうにはアーフェン王子の馬車があった。
ルッキオの馬車が取り残された形だ。とは言っても、しんがりを守ってくれていた騎馬の魔人の騎士が10騎ほどいて、すぐにルッキオの馬車の側についてくれた。
「驚かさなければ、豚は何もしませんよ。通り過ぎるのを待ちましょう」
魔人の騎士のひとりがルッキオに話しかけてきた。
「まことに痛み入ります~」
唐突に快活な男の声がした。
大柄な黒ひげの男が、大股で豚の群れの中から現れた。
「そろそろおいでになるかな~と思ってたんですが~。ワハハハハ」
なにか、おもしろいらしい。
「おそらく、ケルンテン伯ですね」
ナーソーがルッキオにささやいた。
「えっ、辺境伯みずから、豚飼いをしてるの?」
「だから言ったじゃないですか。ブタ伯だと」
「ケルンテン伯、豚をどうにかしろ」
アーフェン王子の声がした。いささか、いらだっている。
「はい。できますならね。ここでは明日のことは風まかせ、豚まかせなんでさ。ワハハハハ」
「豚どもを煮立った油にぶちこむぞ!」
アーフェン王子が叫んだ。
「なんか見た目より大人のはずなのに、アーフェン王子って大人げないな」
ルッキオは屈託ないから、すぐに言ってしまう。
「しっ。王子、魔人たちが聞いていますよ」
ナーソーは馬車の窓から身を乗り出していたルッキオを、中へ引き戻した。
「魔人たち、うんうんて、うなずいてたよ……」
ルッキオは馬上の魔人騎士を、ちらりとたしかめていた。
「まさに~。今夜のごちそうは、それでさ~。ワハハハハ」
ケルンテン伯が大きな声で、アーフェン王子に返している。
「聞いた? ナーソー」
「大きな声で、とりあえず笑っておけば、おもしろい話をしているように聞こえますね」
「いや、今夜のごちそうのくだりだよ。豚を油で揚げたものらしい!」
「いや、その食べ物への執着のいやしさ! 王子と思えませんね」
「王子である前に、食べ盛りの13歳の少年なんだよ! ぼくは!」
「アーフェン王子ぃ~」
ルッキオは豚をはさんで留まっている、アーフェン王子の馬車に声をかけた。
「先に行かれたらどうですか。ぼくら、豚が通り過ぎてから追いつきますよ」
「ここで隊を割るわけにはいかん!」
アーフェン王子が、どなりかえしてきた。
「もしかしてですかね」
ナーソーの小さな目が暗い光を帯びた。
「長きにわたり、ケルンテン伯は魔王への反逆の心を育てていた。今こそ、魔王城へ帰還せんとするアーフェン王子の隊を二分し力をそぎ、血祭りにあげてやろうと待ち構えていたのだ」
「ナーソー、おまえ、絶対ネットで小説、書いてるよね?」
〈参考文献〉ネット上のイベリコ豚についての記述
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