第21話  出立

 森の木々がきらめいている。夏の予感がする。

 魔王アラスタインの第6王子アーフェン一行は、砦城を出立した。


「いってらっしゃい、ませー」

 砦城の留守を守る者たちに見送られた。その中には、しちさん君改め、ばくはつ君もいて手を振ってくれた。


 一行が目指すのは第4王子の城だ。

 サーシェルの第6王子の身の振り方を相談するためらしい。

 そのルッキオが乗った馬車も、アーフェン王子の乗った馬車に続いた。


「フフフ、フフフ、フフ~ン」

 御者台のニーニが、馬車の進みに合わせてハナ歌を歌っているのが聞こえてくる。


「ご陽気なものですね。死出の旅かもしれないのに」

 ルッキオの真向いに座っているナーソーは陰気だ。


「とりあえずのところは大丈夫じゃないか? よほど、魔族のご機嫌を損なわない限りは」

「そう祈りましょう」

 ナーソーの小さな目がルッキオをみつめた。


「ぼくが何かやらかすとでも言いたげだな」

「いいえ、そんなこと。そんなことを思っても口に出すはずがないじゃありませんか」

「思ってんだろ」

 ルッキオは屈託がないから、すぐ口に出す。


「——ラピス。王子は疑り深くてかないまちぇんね~」

 ナーソーはルッキオを無視し、馬車の床を陣取っているカメに話しかけた。


 ラピスは、ナーソーの連れてきたカメだ。

 今は古代語でテスドゥドゥと呼ばれている。

 魔族にとっては神に連なる大切な存在だというので、連れてきたルッキオまで自動的に大切な客人扱いとなった。まさにテスドゥドゥさまさま。ラピスさまさまである。

「だけど、顔を見たことがないんだよね」

 ルッキオは足元のカメの頭のほうをのぞきこんだ。ラピスは頭も四肢のすべてを甲羅の中にしまったままだ。

 のぞきこんだ先に、ちかりと黒曜石のように輝く点が見えたような気がする。


「ラピスは心を開いたものにしか顔を見せませんからね」

 ナーソーが何さまぐらいの上から目線で、ルッキオを見る。

 これにはルッキオも、ぐぅと黙り込むしかない。


「ナーソーは、ラピスの顔を見たことがあるんだ?」

「見たことありません」


「……なついてないじゃん」

 ルッキオの、お口が悪くなった。王子と言えど、しょせん庶子。庶民の育ちである。

「ラピスは何歳なの?」


「カメの年齢を推定する、いちばんの方法は背甲の同心円を見ることです。一周は一歳です。このほか、体重や背甲の長さからも年齢が推定されます。ほら、これが成長線で——」

 ナーソーはラピスの甲羅をなぞった。

「これが亀甲きっこうです。カメの甲羅にとってのウロコのようなものです」


「成長線は、食事や栄養状態、時とともに変化をするから結局、おおまかな推定年齢しかわからないですね。はっきり知りたければ、ラピスに聞いてみてください」

 ハハハ、とナーソーは乾いた笑い方をした。


「甥御さんから聞いてないの?」

 ラピスは甥から託されたカメだと、前にナーソーは言っていた。


「あいにく、聞くヒマがありませんで」

 ナーソーは、馬車の座席で空を仰ぎ見るような仕草をした。

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