第4王子の城へ

第20話  あたらしい御者

 魔王城の砦城を治めているのは、魔王アラスタインの第6王子、アーフェン・ツェッツェその人だ。

 

「夜空のような御髪おぐし、またたく極星のごとき瞳。しなやかな雄鹿の身体からだに、獅子の心持つ——。これだけほめたら、王子、何かくれないかな」

 ルッキオが詩の推敲をしているかたわらで、「下心丸見えというのが、かえって清々すがすがしい」と、ナーソーが評した。


「来た頃よりは仲良くなれたかな」

 アーフェン王子に気に入られないことには、ルッキオの明日はない。人質の命とは、そのように吹けば飛ぶようなものだ。

「そろそろ、随行ずいこうメンバーが決まるころじゃないかな」

 ルッキオは、そわそわしていた。

 

 本格的な夏がはじまる前に、魔王の第4王子ファビアンの城へ行くと伝えられていたからだ。

 

 それはそのとおりで、今朝、アーフェン王子の片腕であるイスゥは部下たちに差配した。

「サーシェルの第6王子を連れて行くので、そちら関係の世話係も必要です。御者が1名。テストゥドゥのお世話係は、現行の2名が同行。王子への連絡係が1名というところでしょうか」


 カメの世話係の方が、ルッキオの係より多い。

 その旨は王子への連絡係が早速、ルッキオに、すぐ伝えてくれた。


「それは、まぁ、わたくしがおりますからね。わたくしが」

 ナーソーが、抑揚のない声で言う。


「おまえは。ぼくにかける時間より、ラピスを世話をする時間が長いんだよ」

「ほっほー。何ですか。ラピスに嫉妬ですか」

「いや。僕の世話は手を抜いているだろうと言いたいだけだ」

「手助けしないことが、手助けなのです」

詭弁きべんだ」


「それはそうと、馬車のことですが。御者は誰が」

「ば、役人さんじゃないの?」

 ばくはつ君とルッキオは言いかけて、すんでで止めた。


「彼は御者は、できないのでは」

 ナーソーが言う通り、前職公務員事務官だからな。


「ナーソーは」

「したことはございませんよ」

 それはそうだろう。

「魔人の誰かが、してくれるんじゃない? どうして?」

 そんなに気にするのか。

「わたくしたちの馬車は人用ですからね。魔人の方々は総じて上背がありますし、重量も」

「あ。もしかして、馬車、つぶれそう、とか」


「御者台に、どうにかしりを納めて動きはじめたとして、一里も行かぬうちに、魔人の重さに人用の馬車は悲鳴をあげはじめた。馬車を引く4頭の馬どもも苦し気に口は半開きになっている。言わんこっちゃない、馬の足がもつれはじめる。ぴぎ! という不穏な鈍い音とともに、とうとう、ゆるんだ車軸がふっとんでいった。馬車の胴は、どん! と地上に打ちつけられ横倒しになり、もうもうと土煙があがる。やっと視界が開けた時、見えたものは、シートベルトをしていなかった王子が馬車の外にほうりだされ、絶命している姿だった――」


「あの~」

 魔人の召使いが、ドアの入り口の隙間からのぞいていた。〈どすこい〉と陰ながら呼んでいる、ラピスの世話係のひとりだ。

「すんません。ノックしたんすけど……」


「すいません。従者のゴタク御託が長くて聞こえませんでした」

 ルッキオは、眉尻を下げてあやまった。

「何でしょうか」


「第6王子にお客さまです」

「客?」

 いぶかしげに問い返したルッキオに、「ヨアヒム・パンニーニどのですよ」と、ますますわからないことを言う。



 そして、わからないまま階下に降りていくと、あの神官助手がいた。

「ルッキオさま! お久しぶりです!」

 全力で少年はお辞儀してきた。


「君、ヨアヒムて名前だったんだ」

「はい。名はヨアヒム。姓はパンニーニ。しがない孤児でございます」

「せっかく帰れたのに、どうして戻って来たの」


 少年は、ちょっとせつない顔をした。

「帰ってまもなくのことでした。ある晴れた日に修道院が、ついに倒壊しまして」

 あの修道院だ。


「あー、そういえば、あのときで、だいぶ傾いていたよねー」

「それで、仕えておりました神官さまは……」

 少年の瞳がうるんだ。


 だめだったんだ。


「私が神官さまの手を取りましたときに、『つくづくも気がかりは、第6王子のことだ。どうされたことか。お前、行って、たしかめてきてくれ。ご無事なら、お前が王子に仕えておくれ。私の……、代わりに……』と」

 神官助手の言葉がつまった。


「それで来てくれたの。殺されるかもしれないのに。いや、殺されないけどね」

 ルッキオは、あわてて言い直した。


「意外と、魔族はフレンドリーなんだなとは、わたしも思いました。お土産、持たせて帰らせてくれましたし」

「お土産? どんなの?」

「魔王の砦城を空撮した絵葉書セットです」


 それは、〈オスのミツバチ〉を飛ばして撮ったんだろう。観光地化を目指してるのかな。


「話を戻しまして。お仕えさせていただくわけには参りませんでしょうか」

「うん。ちょうど、ぼくらの馬車の御者がいなくて困っていたところさ。君なら、御者、できるよね」

「はい。できますよ」

「よし。交渉成立。ただし、お給金は、ぼくからは出ないよ。ぼくとて、しがない人質の身だからね。君、副業とか経験ある?」

「修道院では、修道院ブランドの薬酒やクッキーを売ってました。歩合制で。それを、こづかいにしてました」

「それは心強いな」


 パンニーニか。

 ちぢめてニーニでいいや。

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