第19話  旅の予感

 王子の頭を、すぱーんとはたく従者。

 それを見て、ぽかーんとしているルッキオをアーフェン王子は、にらんだ。

「イスゥは、オレの乳兄弟ちきょうだいだ」


きょうだい」

 それだと従者でも、あのようなツッコミが許されるのか。

 ルッキオは涼しげな顔をしている片メガネさんを、あらためて尊敬のまなざしでみつめた。


、だ。少年」

 アーフェン王子は口を、くっきりと〈ち〉の形にした。

「それにしても、どうする。このサーシェルの第6王子を」


「この砦城で面倒を見るのですか」

 片メガネさん、今、ため息つかなかったか。


「父王には『好きにしろ』と言われた」

「女子であったなら、『好きに』いたしましたか。それとも、第2王子が『こっちによこせ』とおっしゃったでしょうか」

「ロッシィ兄上はオス馬だからな」


「馬が兄上なんですか⁉」

 ルッキオは驚いて、つい叫んでしまった。


「いや、常に●つ――」

 再び、片メガネさんの見事な手刀が、アーフェン王子の脇腹に入り、「ぐおっ」と王子は、くぐもった声をあげた。


「健全な青少年の育成は、アーフェン王子には無理です。第4王子にお願いしてはいかがでしょう」


「第4王子」

 ルッキオは、まだ見ぬ魔王子を想像した。

「アーフェン王子より能力があり、人望もあるだろう他の殿下のところへ身を寄せるのもアリですよね!」


「おまえ、屈託がないにもホドがあるだろ」

 腹を押さえて顔をあげたアーフェン王子に、さらに、にらまれた。


「でも、〈オスのミツバチ〉の操作を勉強したいし。パンもおいしいし、今のところ、ここに不満はありありません。しばらく逗留してもいいかな」


「おまえが決めることじゃない」

 ルッキオの言葉は速攻、アーフェン王子にぶった切られた。


 ああ、そうだった。

 自分で決められることなど、ない。


「本城へ帰省する途中に、ファビアンさまの城へ寄って行きましょう」

「そうだな」


 ルッキオは黙って、その会話を聞いていた。



 そして、部屋に帰って、

「もうしばらくしたら、ファビアンって人の城へ行くらしいよ」 

 黙っていられなくて、ナーソーに告げた。


「そうですか。せっかく、ここに慣れましたのに」

「ラピスにとってはねぇ」


 屋上庭園には日がさんさんと降り注ぎ、ラピスのために、お世話係(どすこいペア)が簡易プールをしつらえてくれていた。


「ナーソー、お前、ここに残ったら。ラピスといっしょに」

「そうですね」


「……そこは、うそでも、『いえいえ、王子を独りで行かせるわけないでしょう』って言うところじゃないか?」

「いえいえ、王子のおっしゃるとおりにいたします」

「じゃ、いっしょにこい」

「――定員とか、あるかもしれませんね」

「ないだろ」


 それでもナーソーは、片メガネさんのところまで、随行ずいこうメンバーについて聞きに行った。すると、「ちょうどよかった」と手渡されたものがある。


『 夏の旅のしおり

 ~ 光きらめくファビアン王子の庭園と 魔王の栄光をたどる旅~ 』だ。


「行く前に、頭に入れておく方が楽しめるから、ということでした」


 修学旅行か。


 でも、旅のしおりはフルカラーだったし写真も多くて、つい読み込んでしまった。


 魔王の第4王子の所領までは、この砦城からは3泊4日の道のり。

 気候がおだやかで花々が咲く、うつくしい土地だと書いてあった。

 


 また、旅が始まる。

 それは、ルッキオの行方定まらぬ人生そのものだ。

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