第18話  魔王子アーフェン

 ばくはつ君となった役人さんのことはおいといて、何日かすると、魔王の砦城の屋上庭園を照らす日の光が強くなってきた。


「タープを張り出して、日陰を作ったらどうだろう」

 ルッキオが提案すると、どすこいペア(ラピスのお世話係の魔人二人)が親指を立てて、『イイね!』してくれた。


 テストゥドゥ=カメ=ラピスのおかげで命拾いしたし、(魔)人間関係もスムーズな気がする。


「ハハ。わたくしが従者になったおかげということですね」

 ナーソーが渇いた笑いを浮かべた。


「そうだ。だけど、なぜだろう。お前には感謝の気持ちが浮かばない」

 ルッキオはオレンジを4分の1にカットしたものを、そっとラピスの頭の辺りに置いてみた。

「ラピス~。オレンジだよ~。みずみずしいよ~」


「ラピスは見ていたら食べませんよ」

 ナーソーは小さな目を細めた。



 UUUUUU。

 この音にも驚かなくなった。


 砦城の鋸壁きょへきの狭間、手すりのぼこ部(へこんだ部分)を器用に抜けて、銀のホールケーキが屋上庭園に現われた。

 すいっと、アーフェン王子がいつも朝食を食べているテーブルに着地する。


「ラピスが顔を出したところを見たことがないな。テストゥドゥとは、そのような奥ゆかしい生き物だったか」

 いつのまにか、アーフェン王子が、そばに来ていた。銀のコントローラーを両手持ちしている。


 あの4つの触手を持つ銀のホールケーキは、〈オスのミツバチ〉と呼ばれる探索浮遊機だった。その〈目〉に映し出したものを、操作手が、どんな遠隔にいても手元のコントローラーの〈目〉に伝え映し出すのだ。

 まさに、魔王国の科学だ。


 アーフェン王子は、その〈オスのミツバチ〉でもって、この砦城にいながら、領地の管理をしている。 

「西で倒木があり、街道をふさいでいた。復旧班を手配しろ」

 片メガネさんに指示を出す。


「はい。すぐに手配いたします」

 片メガネさんは、たいていアーフェン王子の側にいる。

 いちばんの側近というところか。


 そして、〈オスのミツバチ〉。すごく気になるんだけど。

 じっと、銀のホールケーキを見ているのが、片メガネさんにはわかったのだろう。


「ルッキオ王子に〈オスのミツバチ〉を練習させてみては、いかがでしょう。扱える者が増えることは、今後、よろしいことです」


「えっ。いいんですかっ」

 ルッキオの顔に喜色がひろがる。


「役に立てば殺さないですむな……」

 アーフェン王子がルッキオを見た。真顔だ。


「やりますっ」


 魔王の砦城に着いたとたん、とって食われると思ったがそうではなく、助かったとわかった途端、ルッキオは欲張りになった。

「殺されるのも死ぬのも辞退いたします。そこに至る過程で痛いのは、まったくもって辞退いたします」


「第6王子は眠るような死をお望みか」

 片メガネさん、それは魔人ジョークってやつですか。


「で、できたら老衰で」

 ルッキオの上目づかいに、アーフェン王子が鼻でわらう。

「人は、たかだか100年も生きられないんだろう? 体が動くのは、そのうち何年だ」

 アーフェン王子の言い方は、老人のようだ。見た目、ルッキオと変わらないが年齢は違うのかもしれない。


「魔族の方って、寿命が長いんでしたっけ」


「人の3倍は生きます」

 さらりと、片メガネさんが。


 長命だよ。



「まず、テストゥドゥの世話をしろ」

 アーフェン王子は上から目線だ。身長、同じくらいなのになぁ。


「それはナーソーが、もともとやっておりますし、魔人のお世話係(どすこいペア)もつけていただいてるし、わたししかできないわけではないし――」

 ルッキオは、ぶちぶちと言ってみた。


「自分だけができる役割をと申すか。はっ、思いあがりも、はなはだしい」

 アーフェン王子は、また、鼻でわらってくる。器用だな。


「そもそものお役目を実行していただけばよろしいのでは?」

 片メガネさんが口をはさんできた。


「そもそもって何でしたっけ」

 ルッキオは屈託ないから、すぐ聞く。


「お側にという、お役目です。サーシェルへの書状に書きました」

「ばべる?」

 超古代語は理解できるのに、こういう語句にルッキオはうとかった。


「主人に奉仕することです」

「ナーソーのように?」


「……こいつ、童貞か」

 アーフェン王子は目をほそめた。


 片メガネさんが、やれやれという顔をする。

「サーシェルに出した和平の提案書。上品に書き過ぎましたか。いや、男子を、それも子供を送り込んでくるとは、サーシェルも気が利かぬ。その地を征服していくには、女子をはらませていくのが、いちばんなのに」


 やっぱ、ルクレティアねぇが来るべきだったんじゃね。


「ですが、まぁ。テストゥドゥの使者とあれば。こちらは歓迎です」


「よかったです……」


「それに、テストゥドゥは男子の神だ。あの」

 アーフェン王子が説明しようとする。

「形状が」

 手振りで示――。

 そこへ片メガネさんが、すぱーんと、その頭をはたいた。


「王子として品位が下がる言動はつつしむように」

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