第17話  ばくはつ君

 サーシェルの方が先にいくさの口火を切っていた。

 そういうことは知らされてなかった。庶子の第6王子だからな。


「国境では、ここも含め、しばしば、小国同士で小競り合いをしています。領土をとった、とられたの繰り返しをしているんですから、そのあたりの領民は、もう自分の根っこが、どこの国の者だかもわからなくなって、『侵略された』と思い込んでいる者が、実は『侵略した』ほうの末裔であったり。ゆえに、サーシェルも侵略されたという言い分になるのです。今回は、サーシェルと相手方の小国ともども、魔王軍が吞み込んだ形で終息させたわけですが」


 青ざめるルッキオに、「ふっ」とアーフェン王子が鼻で笑った。

「――お前は子供だな。何でも信じて。イスゥが本当のことを言っていると、なぜわかる?」


 片メガネさんはイスゥというらしい。


「そ、そうなんですか。イスゥ、さま?」

「イスゥでよろしいですよ。ルッキオ・へクス6番めの王子」


「でも、本当のことを言ってくださっていると、受け取った方がややこしくなくていいかな。ウソ、言ってるのかなぁって思うと、疲れるんで」


「……」

 アーフェン王子は乳を発酵させた、とろりとした飲み物を黙って飲んでいた。


「それでは、朝食をいただいて参ります」

 ルッキオは深めのお辞儀をして、自分にあてがわれた部屋に戻ることにした。



 部屋に戻ると、丸テーブルに朝食がセットしてあった。

 朝食はパン、乳を発酵させた飲み物かミルク。これに、ゆでた卵が殻付きのままと果物。干し肉も添えられる。ミートパイの日もある。残れば、しまっておいて夕方までに、お腹が空いたときに食べる。魔人は、1日2食で暮らしているらしい。昼ご飯は各々が、ささっとすませるという位置付けとみた。

 

「待たせたね」

 ルッキオは急いで自分の席に着席した。それは独り用の丸テーブルだ。

 もうひとつ、部屋の隅に丸テーブルがあって、ナーソーはそこで食べる。


「いいえ。ゆっくり味わってください。これが最後の食事になるかもしれませんからね」

 ナーソーは朝から陰鬱だ。

 

「そうだねぇ。だけど、生贄いけにえの話はなかったみたいだよ。ラピスのおかげもあるね」

「まったく、そうですね」

 

 ルッキオは丸パンをスライスしたものを手に取った。薄皮はぱりぱりとして、中はほどよい弾力がある。


「なんだか、このパン、おいしいよね?」

「ですね」

「小麦がちがうのかな?」


 スライスされたパンの断面には、ぷちぷちと、うすい茶色、濃い茶色の粒々が見える。


「ところで、し、役人さんの姿を見ないけど?」

「彼はわたくしたちが乗って来た馬車の管理を任されました。馬車を引いてきた馬の世話もあるから、階下で過ごしています」


「そうか。あとで様子を見に行ってみよう」


 しちさん君は自暴自棄になって、魔王領に残った。

 また、さらに落ち込んでいたりしたら目も当てられない。




 朝食を終えて、ルッキオはナーソーと階下へ降りて行った。

 いったん中庭に出て砦城の中門をくぐり抜ける。

 左手に行けば、鍛冶職人や金銀細工職人の仕事場。小さな街ぐらいに活気がある。

 右手に行けば、厩舎きゅうしゃと馬車置き場だ。



「おはよーっす」

 先にルッキオたちに気づいたのは、しちさん君だった。


「……! お、おは」

 ルッキオは驚いた。しちさん君だとわからなかった。

「髪型、ちがうんだけど?」

 ルッキオは屈託がないから、すぐ言ってしまった。

 しちさん君の見た目が変わり過ぎていた。髪は洗いざらし、爆発ヘアになっている。 

髪香油ポマードびんを割ってしまって――」

 いや、もう、しちさん君じゃねぇ。

「このままでいいかなぁって。妻にも、枕カバー、髪香油ポマードで臭くなるっていやがられてたし」

 ふっと、伏し目がちになる。

  

「そ、それで馬の世話をしてるってえ?」

 ルッキオは、3回転半ひねりぐらいの勢いで話題を変えた。


 馬車を引いてきた馬は4頭。4頭とも去勢した牡馬おすうまだ。


「はい。徐々に環境に慣らしいているところですよ」

 少しずつ、魔人の馬に近づけているところだそうだ。

 

 魔族の厩番うまやばんが、ブリキ製の飼い葉桶に水をためて運んできた。

「あざっす」と、元しちさん君が。


 馴染んでるじゃないか。


「髪型が変わったら、ちがう自分になったみたいで。生まれ変わった気分です」

 今や、ばくはつ君となった役人さんは、手のひらを空に向けて太陽を仰いだ。



「ナーソー、おまえもモヒカン刈りにして、性格、変えてみたら」

「王子の場合は、頭皮から変えないとですね」


 変わらないものもある。

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