第16話  朝のルーティン

 カメのラピスは、魔王の国ではテストゥドゥと呼ばれる神獣扱いだった。それによって、ルッキオも賓客待遇となった。


 今日の朝日が寝台のルッキオに届いていた。

 ベランダへの扉は、すでに開け放たれている。

 ナーソーが早起きなのだ。


 ルッキオは寝台から身を起こした。

 体内時計と日の角度で測ると朝食が来るまで、あと20分。


 寝台の脇のコンソールテーブルには、水差しの水が真鍮の杯とともに置いてある。

 水に浸して、しぼった手拭いも置いてある。

 ルッキオは、それを両の手で、ぱんと広げると顔を拭いた。


 自分の世話は自分でしている。

 貴族の子弟の学び舎の寮に入る前から、そうだった。

 なんなら、寮は、先輩の日常のお世話は下級生の役目なのだ。

 ルッキオは庶子とはいえ王子であったから、さすがに使いっぱしりのような役は免除された。兄たちと学齢が離れていてよかった。兄たちが学び舎にいたら、とんでもねぇことになっていた。それだけでも運がよかった。

 もうこうなると、運しか期待しない人生だ。


「おはようございます」

 ナーソーが、やっと現れた。手には、ちりとりと大きめのコテを持っている。そのままベランダに出て行った。ベランダは屋上庭園になっていて、そこにラピスが放たれているからだ。


 屋上庭園はルッキオの部屋と、もうひとつ、真向かいの一部屋につながっている。

 

「せっかくの庭園が、くそまみれだ」

 聞き覚えのある少年の声がした。


「テストゥドゥの〈宝玉〉にございますよ」

 それから、片メガネさんの声が。


「ベランダで朝食を取る、一日のモチベーションを上げるルーティンがだな」


 ベランダに天幕を張って木陰を作り、そこに一人用のテーブルをしつらえて、アーフェン王子が朝食をとっているのだった。

 そこへ、ルッキオはやって来た。


「おはようございます。今日も、よい天気ですね。小鳥も魔王さまの功徳をさえずっているようです」

 

「鳥の言葉も解するとは、さすがにテストゥドゥの使者だな。サーシェルの第6王子」

「おほめに預かり恐悦至極きょうえつしごくです」


 ほめてないんだろうなとはわかるけど、そこはそれ。


 うららかな春の朝の光の中で、ナーソーが、ちりとりとコテでもって、ラピスの後始末をしている。ルッキオはベランダ伝いに、魔王子に朝の挨拶をしに行く。これが、こちらの朝のルーティンになりつつある。


「お前たちのことは、本国から任されている。サーシェルの王の庶子など、刀の試し切りにしかならぬだろうなと思っていたが、テストゥドゥの使者は大切にせねばならぬ」


 サーシェルの王族の中でルッキオが重要人物でないのが、ばれている。


 あのあと、ナーソーから教わった。

 魔族は動物に、その特性に神を見るという。カメは、その甲羅を甲冑に見立て堅固な守りを象徴し、くわえて長寿。魔人には祝福の生物とされているのだ。

 

 そのカメ、テストゥドゥ(超古代語でカメ)を伴い現れた、サーシェルの第6王子は祝福の使者ということに。


 アーフェン王子と片メガネさんが話している。

「そのうえ、お前たちが城にやって来たのは一粒万倍日いちりょうまんばいび。この日の殺生は避けるゆえ放置を決めたら、テストゥドゥの使者とは」

生贄いけにえにしたら、とんでもないところでしたね」


 生贄いけにえ説、ほんとだった……。


「――冗談ですよ。魔人流の」

 片メガネさんがルッキオに、ほほえんだが、その、うす青の目が冷えてると思えるのは勘ぐりだろうか。


「古代には生贄いけにえが必要な行事もありました。しかし、近代に入ってからは、動物保護団体からの意見も取り入れまして、多くは形だけ継承しています。小麦でパンを作り、その形を摸すのですよ。まぁ、人と人の間の裏切りに対しては、生贄いけにえというか見せしめ、という事例はありますね。サーシェルの第6王子?」


 これ、意見、聞かれてる?


「……サ、サーシェルは、魔王さまとの絆を、ずっと大切にしていきたいと願っております」


「先に闇討ちかけて来たわりには、殊勝な心がけです」

 片メガネさんが。


「え? 魔王国が、いたいけな小国をつぶしにかかったんじゃ」


「サーシェルのような小国、こっちにはどうでもよいわ」

 アーフェン王子が吐き捨てた。


「がーん」

 ルッキオは頭上から、たらいが天から落ちてきたぐらいの衝撃を受けた。

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