第27話  ルッキオ、問診を受ける

「診察いたしましょう」

 ミスホル博士が、そう言うから、部屋にはルッキオだけが残された。 


 しばらくすると、がちゃんがちゃん、いわせながら車輪のついた銀色のワゴンをミスホル博士は押して部屋へ入ってきた。ワゴンの上には、三角フラスコとバナナと猫がのっている。


「牛乳」

 口のすぼまった三角フラスコに入っているのが、それらしい。


「バナナ」

 そのまま1本、置かれている。


「ネコ」

 クリーム色の、ぽってりとした猫はワゴンの大半を占めていた。動かない。置物かと思えたほどだ。

「これらに過敏反応アレルギーがあれば、かゆみや蕁麻疹じんましんを起こすのです」

 ミスホル博士は、どうだという顔をした。


 ルッキオは、おずおずと挙手をした。

「質問してもよろしいですか。ぼくの記憶喪失と過敏反応アレルギーと、どういう関係が」

 

「うむ。何が思い出すきっかけになるか、わからん。牛乳とバナナをおやつにし、猫を抱っこしておくように。過敏反応アレルギーの有無も検査できるという一石二鳥だ」


(……)

 ルッキオは納得はできないものの、強く否定できる要素もない。


 とりあえずルッキオは牛乳を飲み干すと、バナナはズボンのポケットに入れ、それから、猫を抱っこすることにした。どこから手を差し込んだものか。


「ネコの両脇を両手で、しっかり。そうそう」

 ミスホル博士の指示にしたがう。

「片手は、おしりを手のひらに乗せるように支えて。そうそう。自分の身体からだにくっつけるように」

 ルッキオは右手でネコのおしりを抱え、左手でネコの上半身を支えるに努めた。

「それでよし。どうやら、君は猫を飼っていたことはなさそうだなぁ」

 ミスホル博士は机に向かうと、診療録に書き記した。


 季節は初夏の夕暮れである。


(たしかに猫を飼っていた記憶はない)

 

 猫を抱っこしたまま、ルッキオは療養施設サナトリウムの廊下に出た。

「バナナはラピスにいただけますかね」

 すぐに、ナーソーに声をかけられた。ルッキオのズボンのポケットからは、バナナがはみだしている。

「ああ。ぼくも、そう思ったんだ」

 カメのラピスは野菜と果物を好む。ルッキオは猫で両手がふさがっていたから、ズボンのポケットのバナナを、ナーソーに取ってもらった。


「庭へ行きますか。パンニーニが子供たちと遊んでいます。ここは過敏反応アレルギーがひどい子供の転地療養の場所でもあって、来客は子供たちの気晴らしになるから歓迎されております」

 ナーソーにうながされて廊下の中ほどの扉から外に出ると、馬車の中から見た庭が広がっていた。


「へい、へい。今度、中堅手センター、行くよー」

 どうやら、パンニーニは数人の子供相手に、野球の守備練習をしているらしい。


「へー、くしょい!」

 マスクをした外野の子供が両手を挙げた。左手には巨大な軍手のようなグローブをはめている。ような、でなくて、軍手のようだった。


「パンニーニくーん」

 ルッキオは、ほどほどの場所からパンニーニに声をかけた。


「あー、ルッキオさまー」

 パンニーニ―は、ぐるんときれいな構えで棒切れを振り切り、ルッキオのほうを見た。

「この子たち、筋、いいですよー」


「てか、君も、すごくない?」

 

 パンニーニのそばには幼児がひとりいて、「おにぃちゃーん」と、たどたどしくボールを投げ上げてくるのだが、それをパンニーニは、すべてひろって見事に打ち上げるのだ。


「オレ、少年野球リトルリーグで鍛えてるんで」


「……ん」

 ルッキオは、何か思い出しかけたような気がした。

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