第5話  2泊め 峠の宿屋

 その魔王の砦城までは、馬車で3泊4日の距離だ。

 修道院に1泊し、第6王子一行の旅も2日め。


 峠の今夜の宿に到着し、ルッキオは、やっと馬車を降りた。

 通常、貴人が宿泊するなら修道院や地主の館などであろうが、そのようなあてがないところまで来た。


林檎りんご蜜柑みかんがあるかな」

 まず、ルッキオが気にかけたのは、それだった。


 カメのラピスのご飯である。

 馬車の中で、ルッキオの足置きオットマンの役をしてくれているラピスには、むくいたかった。


 ナーソーは「カメは絶食に強い生き物ですから」と言いつつ、「バナナもあるそうです」と、もう、宿の主人に聞いたらしい。


辺鄙へんぴなところにしては、物流が盛んなんだね。ごらんよ。童話に出てきそうな、こじんまりした宿だよ」

 ルッキオは屈託なく言った。

 

「それは王さまの感覚で、わたくしらにいたしましたら上等な宿でございます。この宿のすばらしいところは、黄昏時から宿泊者にはワンドリンクふるまわれるところです」


 それで、御者ぎょしゃ(兼兵士)は張り切って馬を進めていたのか。

 こちらは、死へのカウントダウンが早まるだけだというのに。

 ナーソー以外は、皆、他人事だからなぁ。


 気持ちばかりの騎馬の兵士が10名(御者含)。あと、もう1台、ほろのついた荷馬車が仕立てられていて、これには旅に必要なものを積み、見届け役の役人1名と神官1名が荷台に、神官助手1名が御者として乗っていた。

 兵士たちは、第6王子を警護するというよりも、途中で逃げ出さないように見張っていると言ったほうが、もしかしたら正しいのかもしれない。

 彼らは1日、馬に乗っていて土埃つちぼこりにまみれていた。


「ご苦労さま」

 ルッキオがねぎらうと兵士たちの顔に少し、戸惑いの色が浮かんだ。

「風呂に先に入ってはどうかな」


「個別風呂は、ルッキオさまの部屋にしかございませんよ」

 ナーソーは、もう部屋を見たらしい。


「じゃあ、ぼくの部屋の風呂に入ってもらってよ。ぼくらは先に夕飯をいただこう」

 ルッキオは言い添えた。

「ナーソー先生が、それでよければ」


「……なぜに先生」

 ナーソーが、しぶい顔をする。


「先生、だったんですよね」

「不敬罪で教職免状は剥奪はくだつされました」

「たかが、紙きれ1枚のことでしょう」

「されど、紙切れ1枚ですよ」


 宿の主人が直々、果物をカゴに盛ってきてくれたから、それを受け取り、ルッキオとナーソーは黙ったまま馬車へと戻った。


「ラピスは見ていると食べません。置いておけば、好きなときに食べます」

 ナーソーはカメの頭の方向へカゴを置いた。


「カメ……、ラピスは降ろさなくていいの?」

 馬車の中で一晩、このカメを放置しておいていいものだろうか。ルッキオは心配した。修道院でも、そのままだった。


「誰が、また乗せるんですか? この馬車に乗せるのも兵士が3人がかりでしたよ」

 ナーソーは身振り手振りで、それは大変だったと示した。


「そもそも、なんでカメが乗ってるの?」

「甥に託されたカメなんです。残していけないと言いましたよね」


「そうかぁ。でも、その辺に放してやった方がよくない? 魔王の国へ連れて行ったらスープとかにされちゃわないかなぁ。カメの肉は百薬ひゃくやくちょうとか言いませんでしたか」


「魔王の種族は、カメと同等に長寿ですから、そんなことはしませんよ」

「どうして言い切れるの? カメの肉って、おいしいんじゃない?」

「世界が終末を迎えても、ラピスは食料にはいたしませんよ!」


 険悪な空気になりかけたところを、「お話のところ、ごめんなすって」、宿の者に声をかけられた。

「お食事の用意ができましたで」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る