第13話  帰りたい人たち

 ルッキオたち、第6王子一行は、砦城の日当たりのよい部屋に連れて行かれた。


「ち、地下室とかじゃないんだ」

 屈託のないルッキオは、こんなときも言ってしまった。


「――サーシェルの第6王子は、我らをどんな蛮族とお思いで?」

 案内のため先に立っていた片メガネの魔人が、ふりむいて笑みを浮かべた。


(やっべー)

 ルッキオの人生経験上から言って、こういうほほえみ方をする大人はあなどれない。それも魔人だ。


今宵こよいは、第6王子ご一行を歓待するうたげをいたします。それまで、ここで、ゆるりとくつろがれよ」


 15人が、ゆうにくつろげる広さの部屋だ。低めの椅子や、寝転べるほどの長椅子もある。

 窓は砦城の構造上大きくないが、十分だ。心地の良い風が入ってくる。鉄格子がはまっているのは、御愛敬だ。


「ご御配慮、痛み入ります」

 ルッキオは王族らしく答えた。


 そこへ、ちょびヒゲ隊長が、うやうやしく進み出た。 

「わ、わたくし共は、魔王さまの元に王子をお届けにあがるのが役目で、魔王国との友好なりましたからには、このよろこびを急ぎ、我が国に伝えなければなりませぬ。まこと、残念ながら戻らねばなりません」


「そうですか。まことに残念ですね」

 片メガネさん(そう呼ぶことにする)は、にぃーっこりした。

「でも、正確には、『魔王さまの元に』ではないんですけど」


「……!」

 第6王子一行は固まった。


 そういえば、あの黒ずくめの少年は、『魔王の第6子』と言っていた。


「内々の問題に、我らは干渉いたしません。お戻りになる方と、残られる方を決めていただけますか。うたげまでに。――あ、神官さまは連れ帰った方がよさそうです」


 神官は、まだ体がしびれているらしく白目をむいたままで、魔人の兵士二人が担架たんかで運んでいた。

 片メガネさんは一礼すると去っていった。



「――み、みんな、話そっか」

 ルッキオは一応、身分的には、いちばん上のため切り出した。


 一行は円座になった。


「まず、帰りたい人」

 ルッキオは挙手を仰ぐ。

 全員、手を挙げ――。


「え、し……、役人さん。帰らないの?」


 しちさん君が手を挙げていなかった。

 それから、いつの間にかナーソーがいない。


「えぇと。帰らないでいいの?」

 ルッキオは再確認する。


 しちさん君は、うなずく。

「……家に帰っても、誰も待っていないんで。……妻と子は出て行ったんです」


 独白は続く。

「ある日、残業から帰ったら、妻と子がいませんでした。『ワンオペ育児と共働きに疲れました。あなたと暮らしていても、おもしろくもなんともないし、死んだような人生を送りたくないので離婚してください』という置手紙が残されていました。第6王子随行に志願して、旅の途中に死ぬ、とか、魔族に殺される、とかすれば……。殉職扱いになれば、妻と子に金を遺せるなって」


 自暴自棄かい。


「いいんじゃないか」

 ちょびヒゲ隊長は承諾した。

「わたしたち、兵士は全員、帰りたいがね」


 それでも、サーシェル王家直属の兵士か。いや、王家直属だから帰りたいのか。


「いいよ。神官さんもそれでいいよね」

 ルッキオは担架たんかの上の神官に一応、ことわりを入れた。


「いいと思います」

 神官助手が、代わりに答えてくれた。


「じゃあ、日暮れまでに宿場町に着けるように、すぐ出立しゅったつおしよ」


 ルッキオは、しちさん君を部屋に残して、彼らを見送ることにした。

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