第15話  カメ=テストゥドゥ

 馬車の扉はルッキオが開けて見せた。

 魔人と交渉するのは、王子の役目だ。


 馬車の床板で、ラピスは静かに寝ているようだった。甲羅に手足も頭も収めたままだ。


 横で、片メガネのさんが、ひゅっと息をのむのがわかった。

「テス……、トゥドゥ」


「カメのラピスです」

 ナーソーが割って入ってきた。

「できれば、わたくしと同じ部屋をあてがっていただけませんか」


 従者の分際で一室、もらう気でいる。


「お前、ぼくを差し置いて」

 ルッキオが、片メガネさんとナーソーの間に割り入る。


「どうせ限られた命なら、言ったもん勝ちです」

「あー、そうかい」


 低次元の小競り合いがはじまろうとした。


「――待って、待ってください。第6王子は〈テストゥドゥの使者〉なのですか」

 片メガネさんは上気して、明らかに興奮している。


「てー? あ、すいません。魔人の言葉は、なかなか勉強する機会がなくて」

 ルッキオは、とりあえずあやまっておく。


「超古代語ですよ。テストゥドゥは超古代語で。王子の得意分野じゃないですか」

 ナーソーが、いやみったらしく言ってきた。


「……超古代語まで、ご理解なのですか」

 片メガネさんが目を丸くした。この魔人の目は、うすい青だ。


「テストゥドゥと使者さまを差し出すとは。サーシェルも思い切ったことをする。我ら、サーシェルを小国と侮っていたかもしれませぬな」


 侮っていたんだ、やっぱり。


「急ぎ、アーフェンさまに、お伝えして。あ。テストゥドゥには、屋上庭園に出る部屋がよい。ということは、アーフェンさまの部屋の、お隣。あ。テストゥドゥを、お運びするぞ。担架たんかを用意しろ」


 いきなり、ぐるぐると事が運び出した。



 馬車からラピスが運び出される手筈がととのって行く。

 本当に力持ちそうな魔人が、二人やって来た。それも、やさしそう。

「ごっつぁんです」と、こっちを見て頭を下げてきた。


「今日から、テストゥドゥ専用の運び屋となります」

 片メガネさんが紹介してくれた。


 力持ち二人は、やわらかそうな白い手袋ミトンを手にはめ、二人がかりでラピスの甲羅に手を添えて、馬車の床板から担架に並行移動させて降ろした。下にも置かないって扱いだ。ナーソーは満足気にうなずいていた。


 そして、城の上階へ運ばれていく。尖塔の螺旋らせん階段を、ゆっくりと。


 ついた部屋は、さっき、片メガネさんが言っていた通り、庭園付きだった。張り出したベランダ全体が小さな庭になっているのだ。人一人は入れそうな浴槽のような大鉢に、檸檬レモンの木まで植わっている。


「テストゥドゥとは、また、粋なものを連れて来たな」

 あの少年の声がした。

 今は、あの銀のこんとろーらー? は持っていない。


「アーフェン閣下」

 ルッキオは思い切り、おもねった。右ひざをついて騎士の礼をとる。


「サーシェルの第6王子は、テストゥドゥの使者なのか」

「テストゥドゥはラピスという名です。お見知りおきを」

「ラピスか」

「ナーソーは、そう呼んでいます」

「お前の貧相な従者か」


「仰せの通り、わたくしの、ひ、ん、そ、う、な従者です」

 ルッキオは自分の後ろにナーソーがいるのがわかっていて、アーフェン王子の言葉を活舌かつぜつよく繰り返した。


「見た目よりは、お前たちは重要な人物のようだ」

 アーフェンは小馬鹿にしたような、うす笑いでルッキオを見てきた。


 ――こういう視線には慣れっこだ。むしろ、こういう視線を向けてくるやからは、そういう態度でしか自分を保てないやからだ。


(ふーん。すると魔族の王子といえど、けっこう人間っぽい、とか?)


 いかにも高ぴしゃで、ツンツンした異母姉いぼしのルクレティアのことを思い出した。


(プライドが、月に到達するほど高いんだ。それか、下位の人間は人間じゃないと思ってる)


 しかし、ルクレティアは、しょせん、サーシェルという小国の中で虚勢を張る、水たまりの中のボウフラぐらいだ。

 この魔族の王子は、それよりは大きな池に棲んでいる。納得できるかもしれない。

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