第4話 屋上の足

 翌日の早朝、俺よりも早く来ていたようで俺が教室に入った時点で、あの子が窓側の席から手招きしていた。


 見た目がギャルなのに誰よりも早く来てるなんて、実は真面目なのか。


「ナカ~! こっち。こっちに来なよ」


 やはり俺の名前を覚える気は無いようで、相変わらずナカ呼びだ。


「えっ? 俺の席は真ん中の一番後ろなんじゃ?」

「違うし。昨日のはノーカンってセンセーも言ってたし、早くこっちに来いってば!」


 ノーカンって何だ?


 意味は分からないけど、とりあえず言うとおりにしとこう。


「おはよう、えーと……さーや」

「挨拶とかどうでもいいから早く座れっての!」

「座れって、さーやのところ……じゃないよね?」


 いや、なに言ってんの俺。


 座れと言われても、窓側一番後ろの席は彩朱が座っている。その時点で俺の席は一番後ろじゃないということに。


「だから~、ノーカンっつってんの!!」

「……ノーカンって?」

「ノーカウント!! 昨日の席はなかったことになったから!」


 ああ、和製英語ってやつか。しかし昨日の恋都こいとといい、何で彩朱も俺に怒っているんだろうか。


「じゃあ俺はどこに?」

「生意気な俺って奴の席は無いけど、ナカの席ならウチの前。だからとっとと座れっての!」


 そうだと思ったけど一応確認しとかないとな。


「――というか、編入した俺が窓側でいいものなの?」

「センセーがいいって言ったからいいんじゃないの。窓側なら簡単に逃げられないし、都合いいっていう感じ?」

「に、逃げ? 隣の席とか前の席は誰になるのかな?」

「……今は他の女子になってる。けど、どうせあいつらになる。あのセンセー、Sっ気あるし」


 空上先生がSか。分かる気がするな。


 それはそうと、あいつらって誰のことなんだ?


 とりあえず俺が自分の席に着くと、彩朱はあくびを見せながら机に伏して眠り始めてしまった。


 何か話を聞こうとも思っていただけに、何とも素っ気ない。名前こそ呼ばせてくれているのに、すでに嫌われているのは何でなんだ。


「おはよー」「あ、移動しとかないとだね」などと、まばらながらに他の女子たちが教室に入ってくる。そして二、三人程度だが他の男子も登校してきたようだ。


 後で声をかけておかないとな。数少ない男子を味方にしておかないとこの先厳しくなるのは目に見えているし。


「遠西さん、私たち移動するんですけど聞いてますか?」

「えっ、はい。隣の席も前の席も別の人と交換なんでしたっけ?」

「そうでーす。大変でしょうけど頑張ってくださいね~」


 何を頑張るんだ?


 しかも気のせいじゃなくて、俺と彩朱を交互に見ながら笑っていたような。


 それにしても後ろは彩朱、俺の隣と前と右斜めの席を丸々空けておくなんてどういうつもりなんだろうか。


 もしかして海外から帰って来た俺に気を遣っての人選か?


「はいはーい、ホームルーム始めるよ~!」


 色々分からないうえ、俺の周りの空いている席に誰も来ていないままホームルームが始まってしまった。


 とはいえ、空上先生が言っていたとかいうイベントも特に起こる感じではなさそうだ。


 後ろの彩朱は話も聞かずに寝ているので、俺は何となく外の景色でも眺めることに。


「――へ? 足……なのか、あれ」


 一瞬だが、誰かの足がどこからか見えた。しかし教室があるのは一番上の六階でその上は屋上になる。


 たとえ屋上から足を出していたとしてもそんな長い足をした奴なんているはずもないわけで、おそらく太陽からの反射で窓に映って見えたと思われるが。


 気のせいであって欲しいと思いつつも、ちらちらと目に入ってきているのは気になる。


「空上先生、すみませ――」

「あ~遠西くん。悪いんだけど、屋上に行って来てくれない?」


 先生に言って様子を見に行こうと思っていたら、そのつもりがあったかのように先生から頼まれた。それも全部仕込みかのようなタイミングで。


「屋上に? でもどうやって行けばいいんですか?」

「階段を上がるだけだよ。あの子が上にいるから鍵は開いてるよー」

「クラスメートですか?」

「そそ。遠西くんの隣の前に座る子。いっつも屋上でサボる子だから大変なんだよねー。ホームルームが終わるタイミングで戻っては来るんだけどさ~」


 そういえば前も隣もその前も空いたままなのに、誰も来ていないのは不思議だった。その内の一人ってやつか。


 その一人がいわゆる問題児なわけだ。それはどこでも同じだな。ちょっとくらい怖そうな男子だとしても筋肉で何とかなるだろうし、行くしかない。


 ホームルーム中に席を立つのもなかなかだけど、先生に頼まれたので俺は屋上に向かうことにした。


 言われた通り屋上はすぐだった。屋上の重そうな扉は全開に開いていて、風が外から吹き込んできている。

 

 そのまま屋上の外へ出ると結構な奥行きになっていて、おそらく昼休みや放課後とかで使っていそうな広さがあった。


「…………だ、駄目――」


 対象の生徒がどこにいるのかと見ていると、奥にある高架水槽の所に二人の人影があって、そこから声がする。


 もしや誰か襲われてたり?


 仮に強面こわもてな上級生がいたとしても、筋肉で解決出来るはず。そう思いながらそこに近づくと――。


「こ、恋都ちゃん……!? そこで何をして……?」


 俺の目に飛び込んできた光景。


 それは昨日再会した恋都の顔をした長い髪の女子が、別の女子生徒を押し倒し、スカートやらワイシャツを脱がそうとまさしく襲っている最中――というものだった。


 まさかあの足の正体はそういう意味だった――?

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