第34話 甘すぎる罠 後編
「――っ!?」
間抜けにも舌の上に砂糖を乗せられてしまったかと思えば、その隙を突いて街香が俺の膝の上に乗っかってそのまま口を重ねてきた。
直後に口の中に流し込まれてきたものは、ブラックコーヒーそのものだった。口を塞がれたうえ液体まで流されてしまえばそれは強制的に飲み込むしかないわけで。
それと同時に街香と堂々とキスを交わしたことに。
「――はぁっ、んっ……。ごちそうさま」
ごきゅっとした飲み込みの音をさせた街香は満足そうな顔で俺を見つめている。
「な、ななな何を!?」
「甘かった?」
俺の舌に乗せられた砂糖は火傷を負う暇も無いまま、熱いコーヒーと街香の舌によってあっさりと溶かされた。それこそコーヒーそのものを味わう暇も無いくらいに。
甘さに関しては、それがどっちの甘さなのか判断が出来なかった。
「……えっと」
「好きだろ? 甘いコーヒー」
「そ、そうだね」
「マチのキスの味も甘かった?」
やっぱり確信犯じゃないか。コーヒーを流し込むついでというよりも、便乗してキスをしてくるのが狙いだった。
「どうだろ……俺にはよく分からないな。というか、何でこんな」
「ハーレムにはつきもの。サービスってやつだよ、あたる」
そういえばハーレムカフェだったっけ。
「サ、サービス? え、まさかだけど、他の女子もサービスを?」
「あたるが望むんなら、恋都にもさせるし彩朱にもさせるよ。珠季にも、ね。ふふ、どうする?」
「それはいくら何でも。それに俺は――」
「もう心に決めた、ヤった女がいるから嬉しくも無い、ってことかな?」
「いや……でも、街香は俺のことをどう思ってるの?」
幼い頃に幼馴染たちと色んな約束をした。でもそれはあくまで幼い頃の話だ。こうして再会して敵対を経てここまで仲良くなれたとはいえ、本人たちの気持ちをはっきり聞いておきたいし、聞かなければ前には進めない。
「手に入れたいって思ってる。妹があたるのことを諦めた以上、マチはあたるの全てをもらいたい。その為の手付金みたいなものなんだよ、さっきのキスはね」
「好きってわけじゃないんだ?」
「どうかな。そうとも言えるけど、そこまであたるに求めることもしない。マチはそこまで求めてないからね」
それならもう俺の答えなんて決まってるし、ハーレムカフェだってもう意味のないものになってしまうような。
「じゃあ街香は俺が彩朱と付き合うことには反対もしないんだ?」
「気にしないよ。どんなであれ、ね」
甘いコーヒーとキスをしておいてその先まで求めないなんて、街香のことも良く分からないな。
でも、
「分かった。街香がそういう気持ちなら、俺はもう迷わないよ。いいんだよね、それで」
「珠季の問題は? あたるもそうだけど彩朱にどうにか出来るとでも思ってる?」
「それは……ううーん」
「――っと、そろそろ交代だ。マチはここまでにしとく。珠季とも存分に愉しみなよ。そのうえではっきりと伝えてやればいいよ。あの女には確実に、ね」
「え、あ……」
流し込んだ甘いコーヒーとキスで満足したのか、街香はあっさりとこの場からいなくなってしまった。
街香がこの場から離れたと同時に、これまで距離をとってきた珠季が俺の前に現れた。
そして当たり前のように、
「はい、あ~ん! アタルくん、口を開けてもらえる?」
「……」
街香のことがあったからか、何となく逆らうつもりも含めて口を開けることが出来ない。街香はコーヒーとキスだけにとどまったが、珠季の場合は得体の知れない何かを放り込んできそうな気がする。
「別に何も入れないわ。せいぜいわたくしの生気を注ぎ込むだけなのだけれど、それも拒むというのかしら?」
「せ、生気って……」
「そう。わたくしの口とアナタの口を介して送り込むの。それも嫌?」
大げさな言い方だな。しかし単なるキスとなれば拒むのは正直迷う。だけど街香以上に珠季とのキスは、絶対に危険な予感しかしない。
「キ、キスする代わりに、珠季には約束をして欲しいんだけどいいかな?」
「なぁに? アタルくんの願いなら何でも聞いてあげるわよ?」
「……俺にはもう心に、魂に決めた子がいるんだよ。だから、俺とのキスで珠季は俺との結びを断って欲しいんだ。いい、かな?」
「…………心に決めたのは彩朱って意味かしら?」
「そうなんだよ。だから……」
もうこの際だ。ハーレムカフェで俺との距離を縮めようとしてきた彼女にははっきりと伝えた方がいい。そうじゃないとおそらく珠季の次に俺の元に来る彩朱にどんな顔をすればいいのか分からなくなりそうだ。
「いいわ」
「! えっ、いいの?」
「本当はハーレムカフェで他の邪魔な女子たちもろとも――と思っていたのだけれど、アナタと彩朱がしたことでアナタの魂が薄くなったのを感じたし、正直なところアタルくんにはがっかりでしたもの。だから、もういいわ」
街香の問題よりもやけにあっさりだった。
色々と見えてるってことは、当然俺と彩朱とのことも知っているわけだし、珠季の中での俺の存在価値は無くなってしまったのかもしれないな。
「じゃ、じゃあ――」
「キスもしなくていいけれど、その代わり……わたくしの指をアタルくんの口の中に入れてくれるかしら?」
「えっ? 俺の口に珠季の指を!?」
「そう。わたくしの甘い甘い指をアタルくんの舌の上で転がしてくれるだけでいいわ。それでアタルくんの全てを終わらせてあげるわ」
キスじゃないし、指を舐めるだけで珠季に許されるならやるしかない。
「わ、分かったよ、珠季」
「アタルくんは何も心配いらないわ。そう……何も、ね」
俺は穏やかな口調で話す珠季の指をそっと口の中に迎え入れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます