第33話 甘すぎる罠 前編

「あたるはそこで大人しく待ってなよ。マチがコーヒーを運んでくるから」

「う、うん……」 


 ご主人様だとか望みだとかを言い放つから何が起きるかと心配していたら、街香はきちんとカフェ店員になりきって、素直にコーヒーを持って来てくれるらしい。


 それにしても全身が見事にソファにはまってしまった。腰が深々と沈み込んでいるし、これではどうすることも出来ないのでは?


「ふーん……? 面白いことをしているのね、アナタ」

「た、珠季!? いつからそこに?」

「あら、わたくしはハーレムカフェの運営責任者なのよ? いつでもどこでも目を光らせているし、アナタの動きは逐一見逃すことなんて無いわ!」


 やはりどこかに監視カメラでも仕込んでいるのか?


 それにしてもしばらく俺に関わってこようとしなかった珠季なのに、ハーレムカフェを開店させた途端に動き始めたとかシャレにならないな。一体何を仕掛けてくるつもりがあるのやら。


 それに、


「アナタ……って、それ、その呼び方は何で……」

「いけない? アタルくんとは将来を誓い合った仲なのよ? 一生を共に過ごすことも確定しているし、わたくしの魂もアナタの魂も全て同意の上ですもの。アナタと呼ぶのが当然なのではなくて?」


 誓い合ったつもりもなければ、魂の件はちょっと勘弁してもらいたいところ。


「それは違――」


 何も言い返すことが出来そうに無い――そう思っていたら、


「珠季! ルール破りはしないと決めたんじゃなかったっけ? あたるの害になるような行動をするつもりなら、容赦しないけど?」


 コーヒー片手に街香が戻って来た。街香も怪しい行動をするけど珠季に比べたら全然マシすぎる。それに今は俺の味方をしてくれているし、姿を見せてくれて正直助かったかも。


「そうだったわね。まぁいいわ。せいぜい足掻くことね。彼の心臓を掴むことなど、どうせ誰にも出来やしないのだもの。わたくし以外では、ね」


 心じゃなくて心臓を掴むとか、サラッとおそろしいことを普通に言ったな。こんなことを当たり前のように言い放つ時点で、そもそも珠季を何とかしないとどうにもならない予感がする。


「あたるの為にも今はここから消えなよ。どうせんだろう?」

「ええ、そうね。どこにいたってアタルくんは見えるし、いいわ、退くわ」

「……ふん」


 何やらおそろしいワードが繰り返されているけど、本当に見られているのか?


「ま、街香、見えるってどういう意味? やっぱり至る所にカメラとかが?」

「鈍いね、あたるは」

「へ?」


 もしかしなくても俺だけが見えてなくて、街香を筆頭に他の幼馴染たちは珠季が仕掛けているカメラの存在に気づいているのか?


「あたるは確か、珠季とは幼い頃に変な約束をしたって言ってたよね?」

「魂のこと……?」

「そう、それ。あの女は芸能以外にも特殊な環境下で育ってるんだけど、知りたい?」

「黒い環境とかじゃなくて、まさか他にも何か……」


 芸能以外に何があるというのか。


「その答えを当てたら、"甘さ"をあげるよ。あたるは好きだろ?」


 コーヒーを持って来てくれたのはいいとしても、実は俺は甘党。ブラックのままでも飲めないことは無いけど、ほんの少しだけ砂糖を入れて飲みたい派だったりする。


 多分街香が言う甘さというのはそういう意味に違いない。俺の嗜好も把握してるだろうし。


 ――とはいえ、珠季の環境を当てるってのは難易度が高すぎないか? 


「甘さを貰えるのは嬉しいけど、ごめん、ヒントはないの?」

「珠季の発言に今まで不思議さを感じることはあった?」

「あー……ちょっと変わってるな、くらいは思ってたかな」

「珠季は普通じゃないのが。それがヒントさ」


 俺への魂発言といい、幼い頃から物言いが変だったのは確かだけど、もしかしてこの答えは。


「霊感でも持ってたりして……」

「正解。あの女には見えてるらしいんだ。あたるの色々をね……」


 マジか。てっきり学園中の至る所にカメラでもあるかと思っていたのに、それよりも厄介な答えだったとは驚きだ。


 まさか本当に俺の魂でも見えるんじゃないよな?


「さて、と。あたるにはご褒美をあげるよ。口を大きく開けてもらえるかな?」


 もしや砂糖たっぷりのコーヒーを注ぐつもりなのでは。普通に飲ませてくれたらそれだけでいいのに。


 しかしとりあえず言うことを聞くしかないか。


「あー……んががっ!? あっまぁぁぁぁ!!」


 大きく口を開けた直後、俺の口の中に放り込まれたのはスプーンに乗せられた大量の砂糖そのものだった。


「あええええ……」

「ん、そのまま大人しく口を開けたまま……あたるにはとびっきりの甘さをあげるよ」

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