第2話 乗っ取り?いや、乗っかってる?

 早朝の出来事が何事も無かったかのように、朝のホームルームが淡々と始まった。自体、俺にとっては新鮮なことだ。


 俺がいた海外では日本のような朝礼は無く、着いて先生がいたらすぐに授業が始まったりする。先生が来てない時は教室にすら入れない場合もあった。


 それだけに今見ている光景は全てが新鮮に映る。


「今さら紹介するでも無いけど、クラスに編入してきた男子はすでに一番後ろの席に座っているよ。名前は各自で確かめてるから省くとして、編入記念に席替えするぜー!」


 今の光景に感心していると女性担任の号令でもあったのか、みんなで一斉に席を移動し始めている。


 やばい、話を全然聞いて無かった。


 まだあの飛び蹴りギャルしか知らないので、近くにいる女子に声をかけようとするも、


「遠西さんはそのままみたいですよ」

「え? 何がですか?」

「席です。私たちは席替えしますけど、遠西さんの席がまだ……えっと、今はそのまま動かなくていいって意味です」

「ええっ?」


 気になることを言いかけたっぽいが、とりあえず俺はこのまま動かなくていいようだし、落ち着いて椅子に座るとする。


「――って、何をしてるのか聞いてもいいかな?」

「座ってるけど、それが何?」

「いや、そこは俺の席だし、そもそも俺以外は席替えなんじゃ……?」

「席替えしてきたからここに座ってるだけだし、あんたに文句言われる筋合いなんてなくない?」


 他の女子たちや少数の男子たちは、すでに好きな席に移動して替わっている。それなのに、このギャル……護国は何故か俺の席に座って動かない。


 さすがに無理やり動かすわけにもいかないだろうけど、そうすると俺はどこに座ればいいのか。


「えっと、それなら俺はどこに座れば……」

「上に……や、あんたが下でいいよ」


 一体何を言ってるんだこの子は。


 護国を俺の上に座らせるということは、非常によろしくない光景が待っているのでは?


 しかしこのままでは、授業中もずっと彼女の隣で立ちっぱなし状態。どういうわけか、女性担任である空上そらうえ先生も俺と護国のやり取りにノーリアクションで、むしろ見慣れているといった表情でにやついている。


 一応先生だし、助けを求めてみるか。後ろの席から声を大きくして呼ぶのは慣れてるし、とりあえず呼ぶしかなさそう。


「あのー、空上先――」


 まるでのように、声を出すと同時に偶然を装って俺のところに来てくれた。しかも、現況を眺めてにやついている。


「おや、遠西くん。何か困りごとかな?」


 絶対分かってるだろ、その返事。この先生はもしかして小悪魔系なのか?


「俺、いや僕の席に護国さんが座ってるんですけど、どうすればいいですか?」

「座ればいいんじゃない?」

「いやっ、そうじゃなくて、すでに護国さんが座ってて……僕はどこに座ったらいいのかなと思いまして」


 ちらりと護国の方を見ると、俺の発言がおかしかったのか、唇を舐めながら嬉しそうにしている。人の気も知らないで性格悪いな。


「護国さん、彼をどこに座らせてあげるの?」

「ウチの下です」

「……姿勢的に刺激的過ぎるような気もするけど、彼がなんだっけ?」

「そうです」


 何がそうなんだ?


 もしや早くも俺を奴隷扱いにでもするつもりなんじゃないよな?


「俺は違いますよ、先生」


 すぐに否定しておかないと編入初日で奴隷決定だ。


「あれ~? おかしいな。事前打ち合わせで聞いてたのに……ね? 護国さん」

「はい、違わないです」


 だから何が?


「先生が道徳的なことを否定するのはどうなんですか? いくら俺がこっちのルールに慣れていないからってからかうのはやめてください」


 何だか腹立たしいし、今の段階ではっきり言っておかねば。


「まぁ、そう怒らないで。先生もそういう時代があったわけで、とりあえず座ってみればいいんじゃない? そしたら世界が変わるかもよ~?」


 いや、何の世界だよ。


 空上先生はまだ二十代で話し方も随分と若い。おそらく、先生が高校生の時に彼氏と似たことをしていたと思われるが。


「俺が護国さんを抱える形になりますけど、後で叱られないですよね?」

「そんなことくらいで怒らないよね? 護国さん」

「はい、全然」


 一連のやり取りでさぞ他の女子たちから嫌な視線を送られているのかと思いきや、まるで興味が無いと言わんばかりにスマホを見たり、話に夢中になっている。


 どうなっているんだ、このクラスは。


「……こ、これで満足?」


 なるべくどこも触れないようにするも、女子の柔らかい感触が膝の上にあって何とも言えない気分になる。


「やっぱり硬い」

「えっ!? な、何が?」

「向こうですっごい鍛えてきたわけじゃん? 足とか腕とか、バッキバキに硬いし」


 あぁ、筋肉の話か。それ以外にどこが硬いって話になるから控えておこう。


「約束したから鍛えておいただけだよ」

「……そんな約束したっけ?」

「まぁ、護国さんとは今日が初めての出会いだから、約束自体してないと思うけどね」


 遠い昔、幼馴染のあの子たちの誰かに対し、強くなって守ってあげるといった約束をした。海外に行ってから、その言葉を守りひたすら筋トレをしまくった。


 その結果が今の硬さにつながっている。


「それ、ウチじゃない。聞きたくないし、もういい!!」

「え?」


 俺の上に座っていた彼女は勢いよく立ち上がり、俺の席の隣に座った。何だ、やっぱりからかってたんじゃないか。


「隣の席だけど、気安く話しかけなくていいから! 生意気すぎるし」

「生意気って……ま、いいけど。でも、よろしく護国さん」

「……彩朱」

「あれ、親しくないとか言ってたような」

「ウチはあんたのこと、ナカって呼んでるし不公平だから。だから彩朱さーやでいい」


 じゃなくてなのに不公平も何も無いぞ。


「じゃあ、さーや。これでいいんだよね?」

「ふんっ! 素直に呼べよ、バーカ」

「――!」


 日焼けギャルの彼女がふと見せたひねくれた笑顔は、いつかどこかで見たようなそんな可愛い笑顔だった。


 でもこれで、何とか乗り切れそうだな。


「遠西くん。彼女のこと、無事に乗り切った感じ?」

「何のことだか分かりませんけど、多分……」

「うんうん、それじゃあ遠西くんは帰っていいよ」

「えっ?」


 編入初日で追放か?


 空上先生も半端ないことをするな。


「うんとね、まだこっちの準備が……ではなくて、テキストがまだ不十分だったりするんだ~。だから君は午前で終わりということなんだけど、理解した?」


 単なる準備不足というやつか。


「そういうことなら分かりました。えっと、明日からは大丈夫なんですよね?」

「ええ、それは安心してください! こう見えても先生はしっかりしてるんです!」

「……」


 その辺のギャルと変わりなさそうだが、それは黙っておこう。


「じゃあ帰ります」

「はいは~い。遠西くん、明日から正式にみんなで歓迎しますからね!」

「あ、はい」


 どういう意味なのかは不明だけど、ギャルな護国の嫌われ率を下げられるだけでもマシだと思うことにしよう。

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