第30話 気持ち イイ想い 後編

「えっ? ここで……何?」

「だ、だから、やるんでしょ? 分かってるもん……」


 意味不明なことを言いながら、彩朱は目をぎゅっと瞑り観念したかのように無抵抗なポーズを取りだした。


 まさかと思うけど、勢いよく部屋を飛び出す前に俺が待ち構えていてそのまま押し倒したとかいう妄想を爆発させているのでは?


「ちなみにどういう覚悟をしてるの……?」

「わたしを押し倒して、キスをして、気持ちイイことする……。それをしたくて待ってたんでしょ?」

「……っ」


 完全に事故なのに。しかし街香とかと違って彩朱はやっぱり純粋な心のままだったな。街香なら間違いなくもっと過激なことを要求してくるし、あっちから手を出してくる。


「違うよ。彩朱さーやには何もしないしするつもりも――うっ!?」

「納得出来ないし!! ウチには何もしなくて、街香や恋都、それから視界上の女子とか手当り次第に手を出してるって聞いたのに、ウチには何もしないとか!」

「ぐえぇ」


 よほど腹を立てたのか、思いきり首を絞めてきた。


「……せっかくお家に来て、しかもママたちもお出かけさせたのに何もしない? それってすごく許せないんだけど!!」


 しかしすぐに力を緩めて、感情だけをぶつけてくる。それにしてもこの言い方だと、わざと親たちを追い出したようにも。


 大体にして街香と恋都への手出しは不可抗力なんだよな。その他女子のことは不明だし。このままだと多分雰囲気にのまれて何かをしだしかねない。


 まずは話題を変えよう。


「と、とにかく、まずは落ち着いて体を起こそう。そしたら深呼吸をして……」

「何もしないままで?」

「ほら、手を出して」

「むぅ~……」


 勢い余って衝突してきたうえ、押し倒した格好になったままでどうこうするつもりはない。しかも彩朱の部屋にすら入ってもいないままでそれはあんまりだろう。


 俺が手を差し出すと、彩朱は頬を膨らませながらも大人しく言うことを聞いてくれた。そのまま手を引きながら彩朱の部屋に入ることに。


 彩朱の部屋は壁からベッド、至る所全てがピンク色で統一されていて、昔から何も変わっていない少女の部屋そのものだった。


「そのまんまだね」

「……ん。あーくんがいつ来てもいいように変えてなかったの」

「――何て?」

「あーくん。しっくりくるよね?」


 確かにナカくんと同様の響きで何の違和感も無い。なるほど、これを考えついて勢いよく部屋を飛び出したわけか。


「いい、かも……じゃ、じゃあさ」


 俺のことを「あーくん」呼びする今ならもう一度昔のようにいけるかもしれない。


「うん、なぁに?」

「お……僕もさーちゃんって呼び直してもいい……かな?」

「それって二人だけの約束?」


 彩朱が俺のことを特別呼びするのも多分俺と二人きりでいる時だと思うし、俺も彩朱といる時だけしかこんな感情にならない。新たな約束をするといって間違いじゃないよな。


「そうだね、僕とさーちゃん。二人でいる時だけの約束だよ」

「あーくん……! 好きっ!!」

「――!?」

「好き、好き、大好きなの! あーくんがいい。あーくんじゃなきゃこんなこと、しない……」


 ――これはもう、受け入れるしかない体勢と雰囲気、だよな?


 彩朱と俺しかいない彼女の部屋の真ん中で、彩朱は俺の首に手を回しながら口を近づけてくる。彩朱が回してくる腕は微かに震えていて、力はあまり入っていない。払いのけるようとすれば簡単に出来る。


 だけど彩朱の息づかいが間近にあるし、彼女がつけている何とも鼻心地のいい制汗剤の香りで気分がすっかり昂ってどうにも出来そうに無い。


「さーちゃん……いい、の?」

「あーくんがいいの……」


 ・ ・ ・ ・ ・


 どれくらいの時間が経ったのか分からないほど、俺と彩朱はお互いの熱を感じられるくらい抱きしめていた。


 何度もキスをして、触れ合って。ふとしたきっかけに過ぎなかったのに、俺と彩朱は幼い頃に交わした約束をもっと飛び越えたような、そんな時間を過ごした。


 彩朱は多分、俺を自分の部屋に入れようと決めた時からを望んでいたのかもしれない。


 街香や恋都、そして珠季。他の幼馴染たちとはまるで違う感情と温もりを俺と感じる為に。


 彩朱が寝静まったのを見計らって、何となく俺だけで部屋を出ようとすると寝言とは思えないことを呟いた。


「あーくん……あーくんがまたいなくなっても、わたしあーくんと一緒に行くから」

「……え」

「だから、平気だよ……大好き、あーくん」


 俺が何だって?

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