第6話 さーやの視線

 恋都の手を借りて教室に戻った時には、とっくにホームルームが終わっていた。この際それは仕方が無いとして。


 恋都と一緒に戻っている最中、廊下で出会った空上先生から妙なことを頼まれた。空上先生が苦手なのか、恋都だけ先に教室に行ってしまったが。


「遠西くん。ホームルーム中にいなくなるのはお咎めなしです。んーと、これからもお願いすると思うので気にしないでいいですよ」

「これからも……?」


 まさかあいつ街香、いつも同じ時間に女子にちょっかいを出してるのか?


「とりあえず護国さんもそうだけど、世羅せら姉妹のこともよろしくお願いね! 特に街香さんは君が何とかして欲しいなぁ……」

「えっ? よろしくってどういう意味ですか?」

「そのままの意味ですよ~。他の男子には絶対出来ないけど、遠西くんなら仲良く出来るはずだから」


 仲良く、か。今はまだ気が重すぎる。


 双子姉妹もきついし、彩朱もまだ俺に厳しさがある。三人の中だと恋都の態度が一番マシか?


 それにしても、恋都たちの名字を先生の口から聞かされることになるとは。下の名前も覚えていなかっただけに申し訳ない気持ちになるな。


 改めて教室に入るところで、


「お、帰還したか。大変だったな、編入生!」


 男子から声をかけられた。しかも男子たちに混じって恋都の姿もある。


「全然大したことなかったんじゃね? な、

「――! そ、そうなんだよ」


 まあ急所はとんでもないことになりそうだったが。


 それにしても恋都が俺のことをちゃんと名前で呼ぶなんて。外と学校ではやはりキャラを変えているってわけか。どこか他人行儀のような気もするけど。


「アタルのおかげで悪さも出来ずに戻ってきたのは才能っぽくない?」

「分かる。すげぇイライラしてたな、ウケる!」

 

 他の男子と普段から言い慣れているのか、恋都は話を合わせている。街香のことを一緒になって悪く言っているようだが、俺といる時にあの人呼びしてたし仲は良くないってことかも。


 肝心の街香は女子に囲まれてまるで姿が見えない。


 ともかく、恋都は俺のことをきちんと呼ぶことが分かった。ボクっ娘じゃないところを見ると、やはり俺だけに見せるキャラを演じている。

 

「あ、そうだ。オレは近東こんどうな! 編入生……いや、遠西でいいんだよな?」

「よろしく頼むよ、近東」

「オレ以外の奴は後で教えるけど、その辺は世羅そいつから聞いといてくれ」


 まさかと思うけど、恋都って男子扱いされてるのか?


「そうするよ」

「おし。じゃあ遠西をよろしくな、世羅」

「うん、任されたー」


 近東の席と俺の席がお互いに離れているせいか、すぐに解放された。それはいいとして、


「恋都ってもしかして……」

「見てのとおり、ボクは女子として振る舞ってない。だから男子とも打ち解けてるから大体あんな感じ。あの人は男子よりも女子が好きみたいだから、放っておいた方がいいよ」


 女子受けというかはあえて見せつけてる感じだったけど。姉妹で同じクラスってだけでも大変そうなのに、恋都も苦労してるみたいだな。


「それと、ナカ兄とボクは隣同士だけど、ここでは別に話しかけなくていいから! どうせあの女たちがナカ兄にあれこれしてくるだろうからね」

「あの女たちって?」

「まだ登校もしてこないあの女と、さっきからウザい視線を送ってる女!」


 てっきり彩朱さあやのことかと思ったが、もう一人は多分四人目の子だろうな。


「とにかくボクに話しかけんな! ってことだよ、分かったらとっとと席へ戻れー」

「う、うん」

 

 数少ない男子とのやり取りで感じたのは、クラスでの恋都の立場だ。男子は恋都に声をかけているけど、他の女子からはそんな感じがしなかった。


 ほとんどサボって教室にいないらしいとはいえ、姉である街香が女子たちをはべらしているせいもあるからだろうか。


 周りを見ても圧倒的に女子が多いものの、グループがそれぞれで出来ていて男子に関わろうとする女子がいないようにも見える。


 編入してきた俺だからそう見えるかもしれないけど。


 言われた通り自分の席に着くと、確かに背中越しでも分かるくらいの視線を感じる。つまり、後ろの席に座っている彩朱からの視線だ。


「…………」

「さ――」


 振り向いて話しかけようとするタイミングで授業が始まってしまった。次の休み時間まで待つしかない。


 しかし、


「以上のように――」


 授業の話が全く聞こえないくらい、後ろからの視線が痛い。何でか分からないけどおそらく怒っているのは確かだ。


 耐えに耐え抜き、休み時間になった。俺はすぐさま体勢を変え、後ろの席の彼女に向き合う。


「…………」

「えーと、さーや? 何かな?」


 真正面から彩朱の顔を見つめるのも照れくさいものの、ここは真面目に見ることにする。日焼けはしているけど、整った顔つきで可愛い。それにどこか昔の面影がある。

 

 ――ということは目の前の彼女は。


「……ねぇ、ウチに何か言うことあるよね?」

「え? 俺が? な、何だろ……」

「秒で言わないと思いきりぶつし!!」

「あーっ、さ、さーやは、さーちゃん……だよね?」


 ほぼほぼ間違いないだろうな。


「あの、って何? どういう意味?」

「うっ……いや、さーちゃんだなぁって」

「ハァ? 意味分かんないし! それにあの姉妹とはいつから? ウチよりも仲良くしてるの、マジで意味不明なんだけど?」


 なるほど、ずっと視線を送られていたのは恋都と話してる時か。幼馴染同士で仲が良かったかと言われるとそうじゃなかった気がするし、怒られるのは当然だな。


「…………と、とりあえず、きょ、今日家に来る?」

「――も、もうやるの!?」


 何をだよって話になるが。


「そうじゃなくて、親に会わせようかなと」

「え、早くない? だって、まだしてないのに……」

「うん、落ち着いて。話だけでもと思ってるんだけど、いいかな?」

「…………」


 色々考え過ぎて取り乱したことに気づいたのか、彩朱はすぐに表情を戻した。


「そういうことなら行くし。でも勘違いさせたくないから言うけど、別にあなたのことは信じてないし。ウチの足を傷モノにしたのを許すつもり無いし!」


 あの飛び蹴りは自滅なのでは……。

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