第5話 食うか食われるか?

「――は? 何? ちっ、今いいところだったのに。それに今、何て言った?」


 女子の格好をしているおかげで姿は完全に女子そのものだ。それなのに男の子のように見えた恋都よりも男っぽくて素直に驚いた。


 同じ顔をしている時点で双子姉妹だと分かってしまったとはいえ。


 要するに恋都のあの言葉の意味は、イケメンの顔を使って女子に手を出すという意味だったことになる。


 それはそうと、


「そこで何をしているのか聞いても?」

「襲ってるけど? でも合意してるし、お前に言われてもやめないけどな」


 光景に対して俺は驚かない。


 そういうのも向こうでは見慣れたものだからだ。しかし女子、それも片方はよりにもよって俺の幼馴染となると、ちょっと話は変わってくる。


「それに対して俺が言うことじゃないのは分かってるよ。でも今は朝のホームルーム中だし、相手の子もサボらせてるわけだからどうなのかなと」

「お前って真面目ぶるタマ? あ~つまんねぇ。気がそれた。もういいよ、あんた先に戻っていいよ。続きはまた今度……な」


 恋都似の女子に促され、襲われていた女子はそそくさと屋上から出ていく。


 別に真面目ぶるつもりなんて無いが、空上先生に頼まれた以上厳しく言っておかなければ。そう思っていたのもつかの間で、恋都似の女子は立ち上がってすぐに俺の前へと近づいてきた。


 小柄だった恋都とは比べ物にならないくらいの長身女子だ。顔だけ見れば恋都のままだが、細身の割にかなり成長しまくっている。


 長い黒髪に見えた髪色は、青と銀のメッシュが入っていて圧を感じてしまう。


 それに、もしかして俺よりも身長が高い?


「へぇ……いい体してんね、お前」

「――!? な、何をして……?」

「いいから、そのまま黙って立ってろって。すぐ済む」


 そんなことを言いながら目の前の美形女子は、さっきまで他の女子に触れていたその手で俺の全身をべたべたと触りだした。


 これは想定外すぎるぞ。


「こ、困るから、そろそろやめてもら……」

「場所、変えようか。こっち来いよ」


 そう言いながら彼女は俺の腕を掴んで引っ張りだした。ここからだと反射して、教室の窓に映り込み可能性があるからだろうか。


 くそ、何て力だ。筋トレしまくった俺よりも強いとか、何だよこの女子は。まさか俺も襲われるんじゃないよな?


 連れてこられた場所は、ちょうど日陰の部分に当たる高架水槽の裏側だった。


「……あははっ、で満足して帰国してきたのか? ナカ。こんな程度で満足させられると思ったらがっかりだね」


 上から下まで触れまくったところで、彼女は俺から離れて嘲笑い始めた。こんなもんというとそれは筋肉のことだろうが、それにしたって何て言い草だ。


 喧嘩を始めるつもりは無いものの、何となく腹が立つ。


「満足なんてしてない。そういう君は俺よりも筋肉がついているとでも?」

「いいぜ、見る?」

「いや、別に……」


 見るも何も彼女は女子そのもの。見たら見たで弱みを握られてしまいかねない。


「ちっ、鈍い奴。大人しくしとけよ? ナカ」

「――うっ!?」


 その場に踏みとどまる力も空しく、彼女の押し倒す力に屈してしまった。何か格闘の心得でもなければこんな押し負けるなんてあり得ないのに。


 しかし間近に迫る彼女を見て、ようやく名前が浮かんだ。


「……恋都ちゃんじゃなくて、君は街香まちか?」

「だから何? 今頃名前を思い出したからって逃がすとでも?」

「ぐっ、く、くぅぅっ……」


 抵抗むなしく、そのまま俺を圧し潰す勢いで街香は体を顔に押しつけてきた。その感触はまさしく硬い石のごとく、見事な大胸筋鎖骨を堪能させられた。


「ははっ、ざまぁ! いい気になって外国に逃げたナカがこのザマとか!」

「そうでもないかな」

「あ? 何を負け惜しみ――」

「きちんと柔らかい部分は残してるみたいだし、安心したよ」


 顔で感じる部分は確かに硬いものの、手持ち無沙汰な両手で触れている部分は膨らませたほっぺたのように小振りで、かなり感触に優れている。


「ふっ――ざけんなよ、てめぇ!! 誰の許可で勝手に揉んでやがる! この野郎!! 潰す! 潰してやるぞこの野郎!!」

「うげぇっ!?」


 恋都の警告どおり、俺の急所は街香の手によってしばらく立ち上がれないくらいに握り潰されかけた。


 この直後、街香は俺を一人残して下へ降りて行ってしまった。


 屋上にいる彼女を呼びに来た俺なのに、握り潰されそうになった挙句にまさかの置き去りとか冗談だろ?

 

 このままでは俺だけがサボる形になってしまう。何とかして動かないと駄目なのに力が入らないし、起き上がることもままならない。


「くぅぅぅ……」


 屋上の冷たい床で叫ぶ力も無い俺は、そのまましばらく横たわるしかなかった。しばらくして、ホームルームが終わるチャイム音が鳴り響く。


 いくら何でも朝から屋上に上がってくる人なんていない――そう思いながら体をゴロゴロと動かしていると、


「あれ、ナカ兄がいる。サボり?」


 この声は恋都?


 未だに回復出来ていないものの、唯一動かせる目を静かに動かし、助けを求めるつもりで手を伸ばす。


「け、健康そうな太もも……」

「その手で撫で回すとかしたら潰してやるから!!」


 それこそ再起不能になりそうなんだが。


「ち、違う、じゃなくて、手を……恋都の手を貸して」

「――! いいけど」


 おぉ、これで何とかなりそうだな。

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