第18話 ギャル、引退します!? 前編

 俺は彩朱さーやを連れて、隣町にあるギャルカフェに来た。学園近隣と言いつつも歩いて行ける距離ではなく、電車で移動するしかなかった。


 カフェにたどり着く前から彩朱はずっと落ち込んだ表情でかなり大人しくなっていて、俺とも口を聞いてくれない状態だ。


 よほど緊張しているのかは分からないが、とにかく店の中に入ればきっといつもの彩朱以上の光景になるはず。


「いらっしゃ……じゃなくて、おっかえりぃ~!」

「ど、どうも」

「空いてる席に座ってオッケーなんで。どこでも座っちゃって~」


 ギャルカフェのことは、実は事前に下調べをして一度だけ来店をしたことがあった。ここでの接客は基本的に客対応ではなく、家にお邪魔するというコンセプトらしく、ギャル店員とはため口で問題無かったりする。


 来店して早々のやり取りが気になったのか、彩朱がようやく口を開いた。しかもちょっと頬を膨らませている。


「ねぇ、ナカくん……このお店って実は常連だったりするわけ?」

「いや、そんなことはないよ。何で?」

「だって態度とか口調が馴れ馴れしくない? 初対面であんなのってあり得ないんだけど……ウチだったら絶対無理だし」


 何だかんだで彩朱は人見知りが激しい。そう考えると、クラスメイトと気軽に話をするのは難易度が高い気がする。


「と、とにかく空いてる席に座ろうか」

「いいけど……何か怪しくない?」

「何が?」

「だって他に客がいないし、仕事してなさそうなギャルしか見えないし……誰が店長なのかも分からないし」


 彩朱の不安はもっともではあるものの、平日の放課後だとこんなもんだと思う。俺が事前に来た時は週末だったこともあってか、そこそこ入っていた。


 店長とかそういうのは気にしたことが無いけど。


「あっ、ギャル客ちゃん? こっち座んなよ~! そこの筋肉オタクくんも座れ座れ~」


 筋肉オタクでは無いんだが。いいきっかけをくれたかも。


「えっ……わたっ、わたしのことですか?」

「他にいないじゃん。とりま、こっちにおいでよ~!」

「は、はいい」


 学園では一人称を『ウチ』とか『あたし』とか使っていた彩朱なのに、相手が本物のギャルだと素が出てしまうんだろうか。


 そんなに緊張しなくてもいいのに。


「なに飲む~? 筋肉オタクくんはプロテインっしょ? オッケー!」

「いやっ、そんなことは……」

「髪色がミックスなギャルちゃんはミルク?」

「なっ、何でも大丈夫ですっ」


 俺たちに対応してくれているギャルは一応同年代らしく、違う学校の子らしい。隣町だから当然だろうけど。他に暇そうにしているギャル店員は暇だからと絡んでくることはないようで、その辺はしっかりしている。


 それにしても、


「彩朱ってもしかして……」

「な、何?」

「実は結構無理してたりするの?」


 少なくとも夢に出てきた彩朱の幼い頃はすごく丁寧な話し方をしていたし、そもそも俺と違っていいところのお嬢様として扱われていた。


 俺が海外へ行って帰って来るまでの間に、一体何があったのか気になるところだ。


「し、してないし。ウチはずっとこんなだし。ナカくんこそ変わりすぎなんだけど?」


 いつの間にか昔みたいな呼び方になっているということは、かなり動揺しているな。後はいかに本当の名前で呼んでもらえるかだけど。


「俺の何が変わったの? 筋肉は鍛えたからついただけで、それ以外は特に変わってないよ?」

「もうっ! ナカくんはまだ何にも分かってないじゃん!! ウチのことを全然気にして無いから気づかないじゃない!!」

「えぇっ? 気にしてるよ? 彩朱のことは再会した時からずっと――」

「ふん、どーだか!」


 彩朱の気に障ったのか、彼女は勢いよくガラステーブルを叩いた。そういえば恋都も含めてずっと俺の何かに怒っているような気が。


 とはいえ、直接聞いたところで多分教えてくれなさそう。


「あぅぅぅ……痛いし、もう引退しよっかなぁ」

「うん? 何か言った?」

「何でもないし! こっち見んな!! ばかっ」


 気のせいか涙目になっているような。もしかしてさっき叩いたのが痛かったのだろうか。


「お待ち~! プロテインとミルク持って来たよ」


 不穏な空気になりかけたところで、割と本格的なプロテインと動物キャラクターの可愛いコップに注がれたミルクが目の前に運ばれてきた。


「これ、ウチの……ミルクですか?」 

「そそ。好きそーだったから選んどいた。合ってたっしょ?」

「……は、はい。ありがと……です」


 可愛らしいピンクや白っぽい物が好きなところは変わっていないみたいだ。彩朱は素直にミルクを口にして、ちびちびと大事そうに飲んでいる。


 彩朱のことを気にしていると、


「で、筋肉オタクくん。ギャルちゃんを泣かせようとしてたのは何で?」

「そーだそーだ! うちは見てたぜ? コイツが泣かせたとこを!」

「筋肉オタクを出禁にすんぞ、おい?」


 いつの間にか他のギャル店員たちを含めて、俺に詰め寄ってきていた。


「そ、そんなことしてないですよ?」

「いーや、あーしは見てた! あーしだけじゃなくて、店内のみんなは目を光らせてたし! ダセーから言い訳すんなよ?」

「そ、そんな……」


 まさか店内のギャルを敵に回してしまった?


 彩朱の方をちらりと見ると、小さく舌を出して笑っている。


「彼女を元気づけようとして連れて来ただけで俺はそんな……」

「はん! 彼女だぁ? 外に連れ出してきといて泣かせるとかありえねーし! ちゃんと説明しろや!!」

「え、えーと……俺、いや僕は~……」

「ナカくん、それで合ってる!」

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