第14話 双子姉妹の姉と穴
「くっ……うううっ!」
油断からとはいえ、見えない所から伸ばされた街香の腕の力が半端なく強すぎる。こんな力で羽交い締めされたら簡単には抜け出せない。
「ははっ、やっぱり鍛え方が足りないな! だから抜け出せないんだ。ざまぁないな、本当に」
街香によって二度もやられて以降、俺と席が近いところにいても彼女は全く近づいてくることが無かった。街香は普段は目につくところで女子たちに囲まれ、女子たちを夢中にさせているのが日常だった。
それなのに、その光景がしばらく無かったからこその油断。
「な、何でこんな……?」
「何でお前にこんなことをするのかって?」
「うぅっ、うぎぎぎ……」
「……情けない奴だから。でもまぁ、とりあえず解放してあげるよ。別にお前を痛めつけたくてしたわけじゃないし?」
そう言うと街香は顔をパネルから外し、俺の前に立ち直したと思えば俺の手を掴んで勢いよく走り出した。
「ちょっ、街香!? 今度はどこに――」
「黙って引っ張られてなよ。"思い出の穴"に連れて行ってやるから」
思い出の穴?
そんな冒険のようなことを街香としたことあっただろうか。そうして強い力で引っ張られたまま、俺は体育館の倉庫に連れて行かれてしまった。
「ここは、体育倉庫?」
「穴に代わる場所は学園に無いし、狭くて暗いここならお前も思い出すはずだけど?」
「思い出す……?」
もしかして彼女たちのことを知っているようで、実は忘れている思い出もあっただろうか。
とりあえず今のうちにこれだけは聞いておかないと。
「俺と一緒に遊んでいた時はみんな仲良しだったよね? それがどうしてみんな――」
「……小さかった頃は自分たちさえ楽しければって世界。男の子はお前だけだったし、奪い合いも取り合いも無かった。でもそれって小さい頃だけの思い出ってやつで、ずっと取っておくもんじゃないだろ」
「それは……」
「それに仮にお前が外国に行って無かったとしてもずっと仲良しをキープなんて、そんなのはあり得ない――と思うけど?」
むうぅ、言われてみればその通りかも。そうなると俺だけがいい思い出を抱えたまま、海外に行っただけの話になるんだろうな。
いい思い出だけが独り歩きして、実はほとんど忘れてしまったなんてことも。
「でも数年ぶりに帰って来て、再会したら塩対応はさすがに……」
彩朱はギャルになっていて初めは驚いたけど今はそんなでも無いし、恋都は家に上がり込んでいたし、そんなに変わったとは思わなかった。
もっとも未だに二人は俺の何かに怒っているけど。
「ハァ。少しはお前も成長してるって思ってたけど、そんなことはなかったみたいだな。だから男子……男はガキのままなんだ! だからマチは……」
そう言うと街香は暗い倉庫の中に立ち尽くし、両手で勢いよくスクールシャツを脱ぎ――俺に見せつけるように上半身を露わにしてみせた。
「ま、街香!? な、何を――」
「見たがっていただろ? マチの体を。お前と約束したってのに、それを守れずにいたことにがっかりだった。その答えを今お前に見せつけてやってるだけ」
「……き、筋肉が凄いな。俺よりもずっと……」
「勝手に揉みまくったところは"女子"を残してるけど、マチの鍛え方の方がお前よりも優れてるってこと、理解しただろ?」
「――もしかして、俺と約束したことって……」
幼馴染の彼女たちとは別れ際で、それぞれ再会するのを期待して約束をしていた。
彩朱とは変わらずに仲良しでいることだったし、恋都は確か比べることはやめろ。だった気がする。
そして街香とは――
「マチよりも強くなって、マチに力を見せつける。今頃思い出したか?」
「いや、うん……でも筋肉はさすがに」
「ふん、どうせ弱さを見せないのも忘れたんだろ?」
何となく思い出してきた。暗くて狭い穴を地面に掘って、穴の中でそんな約束をした気がする。
「いい気になって外国で他の女と仲良くしていたってのを親から聞いて、マチはお前が戻って来たらどうにかしてやろうと思って、鍛えた。それこそ力づくで分からせるために! そういうわけだけど、マチをどうする? ナカ」
そうか、親同士でやり取りしていたことに俺の向こうでの生活も彼女たちには筒抜けだったわけか。何て厄介な。
昼休み時間に体育倉庫に連れて来られて解決するとなると……。
「……街香との約束を守ればいい――ってことで合ってる?」
「出来るものなら。どうせ誰も来ないから思いきりやりなよ。そしたら、ナカのことを少しだけ見直す。どうする? ナカ。抵抗しないからやれよ!」
無抵抗な女子というか街香を納得させる――何とかやってみるしかない、か。
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