第19話 偶然なのか?

 そうやってしばらく三人でセレーブスの歌声を聞いていると、ふとアリエステが小首を傾げる。


「このフレーズの繰り返し……。聞き覚えがあるんですが……。まさか」

「あ! あそこから聞こえるんじゃないですか⁉」


 次の瞬間、騒がしい声と足音が林の向こうからやってきた。


 ぴたり、と。

 セレーブスが鳴くのをやめ、ヤヌスも不機嫌そうに双眼鏡を下した。


「兄上たちじゃない? あーあ。鳴くのやめちゃった。もう帰ろうかな」

 不機嫌そうに言う。


 そんなことお構いなしに近づいてきたのは、カルロイと腕を組んだマデリン。その後ろには令嬢ふたりと付添人たちが続いている。


「あー! アリエステさま! そっちに青い鳥がいましたかぁ⁉」


 大きく手を振りながらマデリンが言った途端、ぱん、と音を立ててセレーブスが枝から飛び立った。


「あ……っ」


 俺は思わず声を上げた。

 それほど。

 美しい青だった。


 翼を広げたセレーブスは、木立から差し込む光を受けて翼を青く光らせる。

 そうか、光の構造色だ。シャボン玉が虹色にみえるように、あの鳥の羽根も光のあたり具合で青く見えるのだろう。


 セレーブスは滑空してきたかと思うと、アリエステと俺の周囲を鳴きながら旋回し、ゆっくりとアリエステの肩に止まる。そのまま、ワンフレーズ鳴いた。


「やっぱり。エリル?」


 アリエステが目を見開き、そっと自分の肩に指を伸ばす。セレーブスはその指に足を乗せ、きゅるるるるる、と切なげに鳴いた。そればかりかアリエステが顔の側に近づけると、頬に頭をこすりつけて甘えている。


 呆気にとられたが、すぐに「飼っていたが手放したセレーブス」だと気づいた。


 なんらかの理由で新たな飼い主のところを逃げ出してきたらしい。アリエステを捜していたのだろうか。


 事情を知らないヤヌスが感動したように。

 だが、セレーブスに配慮して小声で言う。


「……すごい。アリエステ嬢……。あなた……。祝福されたよ? ねぇ、兄上。そうだよね……っ」


 野生のセレーブスだと思い込んでいる。興奮した様子でヤヌスがカルロイに訴えた。


「アリエステ嬢を祝福したんだよ、幸せの青い鳥がっ」

「そうだね、ヤヌス」


 カルロイがにっこりと微笑んだ。


「ぼくにもそんな風に見えるよ」


「いえ……あの。これは」

 アリエステが恐縮するように首を横に振った。そのあと、カルロイとヤヌスを交互に見る。


「さきほどお伝えした、手放したわたくしのセレーブスです。幼鳥のころから飼っていたため、手乗りをしたり甘えたりしていたのですが……。エリル、あなたこんなところでどうしたの。新しいご主人様は?」


 アリエステが目を細めて頬を緩める。俺まで嬉しくなる表情だ。


「よかったね、アリエステ嬢! 偶然出会えるなんて。あ……。籠! ぼく、籠を持ってきてあげる! いいよね、兄上!」


 ヤヌスが興奮した様子で言い、カルロイが悠然と頷く。ヤヌスはそのまま屋敷の方に駆けて行った。


「しかし……。こんなになつくもんなんだな、鳥って」


 俺は腰を屈め、アリエステの指に止まる青い鳥をまじまじと見る。きゅろきゅろ鳴きながら、時折頭をアリエステの頬にこすりつけたりする。前世では犬を飼っていたが……。鳥も犬みたいに甘えるんだな。


「手放した鳥が偶然こんなところに来るんですか?」


 マデリンの声が無造作に投げつけられてきた。

 俺だけじゃなく、みんなの視線が彼女に集中する。


 だが、マデリンは臆することなく、立てた人差し指を自分の顎に押し当て、本当に不思議そうに小首を傾げた。


「なんか信じられない。もしかして、わざとですか?」

「わざと?」


 アリエステが眉根を寄せる。にこっとマデリンは笑った。


「王太子殿下やヤヌス殿下の気を引きたくて、こうやって青い鳥を仕込んでいたとか。あ。だとしたら、あの紅茶をこぼしたの。あれ、時間合わせですか? あたしがお茶をかけちゃったのかとおもって落ち込んでたけど。違ってたみたいでよかった!」


「な……なにを」


 愕然とアリエステは呟き、そのまま絶句する。

 俺だって二の句が継げない。


 この女……。

 この女、なに言って……。


「あ。これ、言っちゃダメなやつでした?」


 急に目を丸くしたマデリンは自分の口を両手で塞ぎ、きょときょとと周囲に視線を走らせる。


 俺は素早く隻眼で周囲を探る。

 付添人の男たちは一様に困惑していたが。


 シシリアン宮中伯の娘とダーニャ伯爵の娘は扇で口元を隠して何か言いあっている。


 視線の先にいるのはアリエステと、青い鳥。


 その瞳は冷ややかで、マデリンの言葉を信じているようにも見えて焦る。


「そんな訳はないだろう。これは偶然だ!」

 言ってから、しまったと口をつぐむ。


 言えば言うほど嘘臭く聞こえるのだ。


 ぐ、と奥歯を噛み締めた時。

 視線を感じて顔を向ける。

 カルロイ王太子だ。


「幸せな、青い鳥……ね」


 ふふふふ、と。

 ただひとり、愉快そうに奴は笑って言った。


「君たちに幸運を」


 その顔を見て、ふとよぎる。

 本当に偶然なのか、と。


 セレーブスは滅多に里山に下りてこないとアリエステは言っていた。

 それなのにヤヌスは「このところ毎日来る」と。


 アリエステの愛鳥。譲り先は大枚をはたいたはずだ。もし逃がしてしまったら……。なんとかして取り戻そうとしないのだろうか。少なくとも探そうとはするだろう。アリエステのところに「まさか戻ってきていませんか」ぐらいは尋ねないだろうか。


 そうではないのなら。

 この鳥は、なぜここにいる。


 偶然でなければ、誰かが仕組んだのか? アリエステがここに来ると知っていて? 

 でもそんなの……。


 誰がなんのために。

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