第22話 親子
「邪眼のこともあってあまり人目にふれないようにしていたせいで、お前の姿を実際に見た人間が少ない。今回、こうやって王宮に出したわけだが……。王妃様がいたくお前の容姿を気に入ったらしい」
「……そのようなことを王太子殿下もおっしゃっていたような」
「お前が騎士道精神でもってアリエステ嬢に手を差し伸べたこともあって好感度が上がり……。部隊も規律がよく、隊員は見目もいい。だが出自を聞くと平民だ。なぜそんな者たちがレイシェル卿の部隊に、と尋ねると『孤児であるところを救われた』と言う。もう名が上がるばかりでな」
ソファに背を預け、ナイト公爵は肩を竦めた。
「いままで散々不気味だなんだ言っていた奴らが掌を返して『なんと立派なご子息か』と。ああ、そうだ。今度お前をモチーフにした舞台が王都でかかるらしいぞ」
「……人とは恐ろしいですね」
「まったくだ」
カップをソーサーに戻し、ナイト公爵は指を組み合わせた。
「話がここまで進んでしまったのなら、ナイト公爵家としても本腰を入れてアリエステ嬢を支援せねばならん。なにか必要なことがあればすぐに早馬を公爵家に飛ばしなさい」
「父上は、王宮での権力を望んでおられるのですか?」
そっと尋ねると、軽い笑い声が返ってきた。
「この父がかね? まさか。ただ、体面というものが必要だからやっているに過ぎない。アリエステ嬢が王太子妃となったところで……。まぁ、ナイト公爵家がおとり潰しにならん程度の配慮をもらうだけだろうな」
そうだろうなぁと思う。この御仁、本当に権力欲がないし。
ただ、昔からそうかといえばきっと違うんじゃないかと思う。たぶん、俺が生まれたからなにもかもをあきらめたんだ。そして目立たず、ひっそりと生きることに決めた。
家や家族、使用人、領地を守るために。
それがわかっているだけに、「もし権力を望むのなら」と思って尋ねたのだけど。
いまさらそんな気はさらさらないようだ。
「わたしはもう帰るが。取り急ぎ必要なものはあるか」
尋ねられ、俺はすぐさま答える。
「アリシア嬢のドレスを何着か購入したいのです。すでにほとんどの衣類を売り払っているようで」
「ナイト公爵家が御用達にしている店を使用しなさい。支払いはこちらで持とう。ついでにお前も自分のものは用意するように」
「ありがとうございます」
「他には?」
「これは単純に疑問なのですが」
「ん?」
俺の言葉が不思議だったのか、ナイト公爵がこちらを向く気配があったので、慌てて俯いて視線を避ける。
「モーリス伯爵家の没落の原因です。アリエステが呪われた、ただそれだけでこんなに取引先が一斉に手を引くものでしょうか。銀行さえ狙いすましたように債権回収に動いています」
「なにか裏があると?」
「モーリス伯爵家は敵が多いとも聞きます。誰かに陥れられたのではと感じるのですが」
「なるほど。少し調べてみよう」
「ありがとうございます」
ふたたび礼を言うと、ナイト公爵は立ち上がったようだ。俺がそっと顔を上げると、公爵は扉の前で足を止める。
「このたびの件、父も……それから母も鼻が高い。よくやった」
それだけ告げて、ナイト公爵は執事たちを連れて部屋を出て行った。
ちょっとだけ。
俺はうれしくなる。
親にとって嬉しいのは、もちろん子どもが無事成長することなのだろうが……。
あなたの息子さん、手柄をたてたんですって?
ご子息の此度の働きは素晴らしいですな。
そんなことを他人から聞かされるとき、我がことのように誇らしいのではないだろうか。
だが。
邪眼のせいで俺を世間から隠さざるをえなかった両親だ。
そんな機会など訪れることもなかった。
だからといって育児放棄をしたわけじゃない。
母乳は拒否されたが、ヤギの乳ででも育ててくれようとした。その後も、公爵の息子としてふさわしい教育は受けさせてくれたし、最低限必要な社交の場には連れて行ってくれた。
聖者の鈴を与え、自由にさせてくれた。
本来、屋敷に閉じ込められていてもおかしくなかったのに。
今まで俺は、誰かに褒められる機会がなかったけど。
ようやく子どもとしてその役を果たせたことに、胸があったかくなった。
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