第27話 視線の先
くるくると。
俺の周囲でも相手をかえて参加者たちがダンスを踊っている。
「アリエステ嬢はさすが伯爵令嬢だな」
「ええ、踊りにも身のこなしにも無駄なところがありません」
周囲からはそんな小声が聞こえて来た。
本来喜ばしいことなんだろう。
「王太子殿下のお隣にいても遜色がない」
「学院を首席で卒業なさったとか」
「お顔立ちもスタイルも抜群ですわね」
そうだろう、うちのアリエステが一番だろう。
胸を張って同調してやりたいのだけど。
思い出すのは、客車の中で俺にすがって泣くアリエステの姿。
華奢で、小さくて、なにかに打ちのめされて震えている彼女。
ぐ、と拳を握りしめていないと、振り返ってカルロイのところに走って行きそうだ。
なんだかよくわからんが、いまそいつは傷ついている。さわってくれるな、と。
そう怒鳴って、突き放しそうだ。
奪いそうだ。
アリエステをあいつの手から。
「……連れて行くんじゃなかった」
ぼそりと呟く。
そんな声をなぞるのは鈴の音。
壁際で足を止め、そっとアリエステの様子を伺う。
きれいなステップだ。
タイトなドレスなのに、足さばきは優雅だし、姿勢も美しい。
細い腰にカルロイの腕が回され、甘い笑顔を浮かべたあいつがアリエステと額がくっつきそうなほど顔を近づけ、なにか囁く。アリエステの唇が少し動いた。なにか返事したのだろう。カルロイが満足そうに頷くのが見えてさらにイライラする。
だが。
すい、と。
アリエステは視線を逸らした。
その頬が。目元が。
やはり醒めているように見えて。
なんだか少し混乱する。
以前の彼女なら照れたように顔を赤くして、カルロイを見つめ続けていただろうに。
アリエステの視線はそのまま会場を彷徨う。
ステップにも姿勢にも乱れはないが、ただ、なにかを。誰かを捜すように視線だけが揺れている。
「……アリエステ……」
呟いて壁から離れた。
なんとなく。
俺を捜している気がしたのだ。
りんりん、と。
歩くたびに鈴が鳴る。
曲に紛れて気にする人間は誰もいない。
俺は参加者たちの間を縫うように移動した。
ダンスを踊る参加者たちが見ているのは、互いのパートナーだ。
誰も俺なんて気にも留めない。
だけど。
りんりん、と。
歩くたびに鳴る鈴。
それに気づいたようにアリエステが俺を見た。
「あ……」
つい声が漏れ、足が止まる。
それほど。
視線が合ったアリエステは、ほっとしたように微笑んだのだ。
だが。
ぞくりとするほどの冷気を帯びた感情に触れて肩に力を込める。
なんだ、と警戒した先に。
見えたのはカルロイの顔だ。
アリエステの手をとり、腰を抱いて踊るあいつは、明らかに俺を睨みつけていた。
「な……」
明らかにそれは憎悪であり、敵意だ。
なんだ、こいつ。どういうつもりだ。
反射的に身構えたとき。
「あ……っ!」
アリエステが声を上げる。
カルロイの腕がアリエステの腰から離れていた。
そのせいでアリエステが体勢を崩し、転倒を防ごうとアリエステが大きく足を後ろに引く。
途端に。
聞きなれない音が響き、曲を濁した。
なんの音だ。
そんな疑問はすぐに解ける。
衣が裂ける音だと理解したのは、アリエステのドレスに亀裂が走っていることに気づいたからだ。
「大変、アリエステさまっ! 服が破れていますわっ!」
マデリンの悲鳴に、会場中の視線がアリエステに注がれる。
「まあ!」
「なんてこと!」
そこかしこで貴婦人たちが声を上げた。
その中を俺は走った。
曲が止まったのだろう。りりりりりりりり、と俺の鈴がやけに響く。
右肩のぺリースをひっつかみ、強引にひっぱる。かちりと留め具が外れた。視界の隅にセイモンがいる。顎をしゃくって楽団を示した。セイモンがハンドサインを返してくるのを確認し、アリエステの側に駆け寄る。
「レ……レイシェル卿……っ」
震える声。
アリエステは左の太腿あたりを掴んで震えている。
マーメイドスタイルのドレス。
それが裾から太ももまでスリットが入ったように裂けていた。
俺は手早くアリエステの腰にぺリースを巻き付け、留め具をはめた。銀鎖の腰帯に絡めると、そこそこのアクセサリーに見える。
「殿下、二曲目がはじまりますよ」
腹立つことに、まだ右手を握ったままのカルロイにそう言い、俺は強引にアリエステを引き寄せた。
カルロイとアリエステの手が離れる。
それが合図のように楽団が次の曲を演奏し始めた。
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