第11話 君の願いが叶いますように

♠♤♠♤


 その一か月後。

 俺と俺の部隊は王宮まで向かうために、モーリス伯爵邸の馬車廻しにいた。


「隊長のばーかばかばかばかばかばか。隊長のばーかばかばかばかばかばか」

「うるさいなぁ、もうっ、しつこいぞ」


 俺は馬首を並べているセイモンを叱りつけた。


「いいだろう、別に! ナイト公爵……父上からも許可が出たんだし」


 睨みつけるが、俺の副隊長であるセイモンは、しれーっとした顔だ。


「なんの得があるんだか。没落貴族だよ、ここ。知らないの? そこの付添人をするなんて……。どうせなら人気急上昇のマデリン嬢の付添人にでもなればよかったのに。なんでも王妃様の覚えもめでたいんだろう?」


「あっちはいいんだよ。放っておいても誰か手助けするんだろうから」

「だからバカだっていってんの。普通は勝ち馬に乗るんだよ、勝ち馬に」


 盛大にため息をつくと、セイモンはちらりと視線を後ろに向ける。

 そこにあるのは煌びやかな馬車だ。


 紋は俺の紋。

 まぁ、つまりは王都にある屋敷に置きっぱなしにしている俺の、というか公爵家が用意した馬車だ。


 ほら、アリエステのところ馬車を売っちゃったから。


 買い戻すカネも苦しいようだし、馭者からなにからそれもいない。だったら、うちの空いている馬車と馭者を出すか、と。


 この花嫁候補が王宮入りするシーンは、各令嬢が行列を作るんだよな。


 華やかさや権勢を誇るわけだが……。


 現在の王様はとにかく派手なことが大嫌い。質素倹約を絵にかいたような生活を送っているので……。


 少しでも「カネ持ち感」とか「ゴージャス感」を出したら、そこでアウトなわけよ。


 ナイト公爵……うちの父親からは、「家門を傷つけない程度に」と言われているけど。


 華美にならない程度というのが重要だ。

 こういう設定をいろいろ作ったんだよなぁ。カイのやつ、あんまり重要視しなかったけどさ。


 だから俺の小隊に隊服を着せて騎馬で向かうことにした。実際、本文では援助しているシシリアン宮中伯の娘に同行し、アリエステは「黒」で統一した行列を組む。……まぁ、色が渋いだけでカネはかかった行列なんだが。


「あのとき、イヤな予感がしたんだよなー。それなのに置いて帰っちゃった僕が悪かったんだけど」


 ため息交じりにそんなことを言う。


「あのときって、どのとき」


 俺が尋ねると、奴は緋色の瞳をこちらに向け、さらっさらの茶色の髪を掻きむしる。


 黙ってれば美少年だ。年はまだ15歳。美童ぎりぎりの年齢。俺と出会ったとき、まだ6歳だった。男娼館に売られる寸前だったんだが、こいつを買おうとした商売人の目は間違っちゃいない。

 ……ただ、こんなはねっ返り。黙って男娼になるとは思えんがな。


「王都に来た直後だよ。馴染みの店に寄ってから屋敷に戻るっていうから……。たまにはゆっくりさせてやろうと思ったのが間違いだった」

「……まぁ、そのときアリエステに出会ったんだしな」


 苦笑いすると、ぎり、と睨まれた。


「絶対隊長が手を出すタイプだと思ったんだよ。だから王都に来てもいままで避けてたのにさ」


「なんだ。アリエステのこと、知ってたのか?」

 素直に驚くと、逆に呆れられた。


「没落しかけなのに、まさかの花嫁候補に選ばれた番狂わせのダークホースだろ?」


 なんと有名人だった。


「それに没落の原因を作ったのは隊長みたいなもんだしさ。責任感じる気がしたんだよ」


 呆れたように馬上で腕を組んでいる。

 周囲の隊員たちも気づけば苦笑いしてこっちを見ていた。


 彼等は普通科第13連隊第1大隊所属第1遊撃小隊。

 モーリス伯爵邸の馬廻に整列している騎馬兵は俺が持つ部隊だ。


 ちゃんとナイト公爵に認められ、かつ、王都になにかあれば一番に馳せ参じる小隊ではあるのだけど。


 通称〝黒狼部隊〟と呼ばれているのを俺というか……部隊のみんなも知っている。


 俺たちが一騎打ちをしないからこの名がついた。群れで敵を襲うから〝黒狼〟と……まぁ、蔑称されている。


 俺が一騎打ちを禁じているのは、部隊の全員が騎士じゃないから。こいつらはもと児童養護施設出身者だ。


 親に売られたり、育児放棄されて……。収容された児童養護施設を飛び出したり、過酷な雇い主のもとを命からがら逃げ出した子どもたちは、罰を受けるために牢に入れられる。


 そういう状況をみてなんとも言えない気持ちになったんだ。


『軍人として、俺の下で生きてみるか?』


 そう問いかけて、頷いた奴だけ牢から出し、訓練して俺の小隊にいれた。

 そりゃあ……。偽善だ。偽善でしかない。

 だって、俺の見える範囲でしかこうやって救い上げてやれないんだから。


 だけど、見過ごすことなんてできなかった。


 なにより。

 こいつらは真っ直ぐに俺の邪眼を見てくれる。仲間だった。


 ただ、そもそも平民だ。

 騎士としての気概や矜持、常識なんて持ち合わせちゃいない。


 俺としては、高校教諭の気分。とにかく、いちから礼儀だなんだと教えて……。

 戦闘では「とにかく生き残れ」と口を酸っぱくして言い続けた。

 そのために群れろと。大人数で襲え、と。


 結果最強の小隊が出来上がったが……。

 〝黒狼〟なんてあんまりよろしくない異名ができてしまった……。一部の奴らは「狂ってる」とまで言うんだから酷い話だ。


「まぁね。そりゃ隊長が決めたことで、大旦那が了承したんならいいんですけど」

「大旦那って……。お前せめて公爵って言えよ」


 さすがにツッコむが、セイモンは気にも留めない。


「これで、アリエステとか言う女がぶっさいくだったら怒るよ?」

「それはない。超美人だから」


 俺が力を込めて言うが、小隊のみんなは半信半疑らしい。おいおい、どういうことだよ。俺の美意識を信用してないな。


 気は強いが、アリエステがどれだけ美しいか説教してやろうと思ったら、正面玄関の扉が開いた。


 顔をのぞかせたのは侍女のメアと、白いワンピースを着たアリエステだ。


 今日は髪の毛をまとめてアップにしているらしい。そのせいで小さな顔の輪郭がはっきりとわかる。すっと伸びた首元には、今日もピンクダイヤモンドのペンダントがあった。


 おお、黙っていればやっぱり美人だ。

 もっと華やいだ格好をすればいいと思うのだが。


 花嫁候補が一堂に会する日。

 その日は服装を白のワンピースにするように指定されているのだ。


「100点」

「おー、わかるわかる。100点」

「おれも」

「100点.間違いない」


 そこかしこで小声が聞こえてくるが。

 ……誰が点数をつけろといった。だけどまぁ、最高点だからいいか、とにやけていたら、


「38点」

 セイモンが苦々し気に言うから思わず腕を伸ばす。


「おいこら、殺すぞ」

「馬上! 馬上だからっ」


 胸倉を掴んで引き寄せようとしたら珍しくセイモンが慌てて鞍にしがみついている。


「隊長、セイモンの焼きもちだから」

「隊長がとられると思ってるんだよ」


 周囲にいた部隊の奴らが笑いながら俺の足を叩いたり、セイモンを諫めたりする。

 焼きもちってなんだ、とあいつの顔を見るが、綺麗な顔をぷいと背けてだんまりだ。


 ……まぁ、こいつはきっと美醜がわからないやつなんだろう。

 胸倉を掴んだ手を離したとき、アリエステの声が聞こえて来た。


「こんにちは、レイシェル卿。本日はよろしくお願いいたします」

 気づけば数段の階段を下りて馬廻までアリエステが歩いて来ていた。


「アリエステ。気分はどうだ」

「わたくしはいつでも万全です」


 つん、と澄まして答える。

 なに言ってんだか。ちょっと前まで捻挫したり熱出したりしてたくせに。

 そんな風に言ってやろうかと思ったら。


「旦那様をお連れしました」


 がちゃりと再び扉が開く音がし、顔を向けるとガウンを羽織った顔色の悪い男性が、執事に寄り添われて出て来る。モーリス伯爵だ。


 俺は慌てて馬上から降りる。


 この御仁のことをつい最近知ったが、なんでも数年前までははつらつとした偉丈夫だったとか。それがここ近年の災難ですっかり老け込んでしまったらしい。


「レイシェル卿」


 階段を降りてこちらに来ようとしているが、その足元がおぼつかない。執事が支えようと手を伸ばしているので、慌ててこちらから近づいた。


「アリエステ嬢をお迎えにあがりました。付添人として王宮まで護衛しますのでご安心を」


 本来なら目を見てちゃんと話すんだろうけど、モーリス伯爵の右横ぐらいに視線を定める。


 ほら俺邪眼だし。実際執事はうつむいているし。


「立派な馬車を準備していただいた上に……これは卿の騎馬兵なのかね」

「当家には男しかおらぬもので……。令嬢をお乗せするにはいさかか不都合もあるかもしれませんが」


 ついでに肩を竦めてみせる。


「それに〝黒狼〟とよばれる我が部隊ですが、美人の前では牙をおさめた忠犬たちですからご安心を」


 ふふ、とモーリス伯爵がようやく笑い声を漏らした。だがそれも力がない。

 ……まぁ、仕方ないよなぁとは思う。


 アリエステに出会ってからいろいろとモーリス伯爵家のことを調べてみたけど、確かに没落の一途をたどっている。


 だけど、不審と言えば不審で……。

 いくら海難事故や詐欺事件が頻発して縁起が悪いと言われていても……。


 ここまで掌を返したように取引先が逃げるかね。おまけに銀行も一斉に債権回収に動きだしている。なんかこう……。動きが速いというか。狙いすましたというか。


「アリエステ」

 伯爵が娘の名前を呼ぶ。アリエステは数歩父親に近づいた。


「いってらっしゃい。どうか君の願いが叶いますように」

 モーリス伯爵は娘を腕に抱くと、その額に口づけを落とした。

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