第12話 幕間:花嫁候補の行列 1

◇◆◇◆

 

 その数時間後。

 王宮の私室に、カルロイ王太子はいた。


「こちらを」


 侍従に促されてカルロイは上着に袖を通す。重い。知らずに眉根が寄る。フリースだの化学繊維だのを知っている身としては、この豪華なんだろうが重い服に嫌気がさす。


 だが表面上はなんでもないことのように取り澄まし、姿見の前に立った。

 金色の髪。アイスブルーの瞳。すっと伸びた鼻筋に、細身の身体。

 そこにいるのは紛れもない〝カルロイ・エル・ラインシード〟だ。


「失礼いたします」


 侍従が前に回り込み、衣服を整える。ついでに、ブローチだのカフスボタンだのを付け始めた。


 他人に身の回りの世話をしてもらうことに、20年かかってようやく慣れたような気がする。


「失礼するわよ」


 突然ノックも無しに扉が開く。侍従たちは驚いたようだが、カルロイは小さくため息をつくにとどめた。母だ。


「これは母上。ごきげんよう」

 母でありこの国の王妃が気に入るような最高の笑顔で出迎えた。


「ごきげんよう」


 案の定、母だ。

 16歳でカルロイを生んだため、カルロイが20歳になってもまだ30代後半。長い裾のドレスを引きずり、侍女ふたりを連れてそこにいた。


「カルロイ。今日はあなたの花嫁候補がそろう日ね」


 自分似のカルロイがいたくお気に入りの王妃は、ぱちりと扇を閉じた。そして腕を広げる。ハグをし、その頬にキスをしろ、ということなのだろう。


(このくそばばぁ、ほんと気に食わねぇな)


 内心では悪態をつきながら、カルロイは母親を抱擁し、挨拶のキスをする。


 とにかくベタベタしてきて気持ちが悪い。実の息子だというのに、恋人気取りでスキンシップを求めてくる。先日など風呂場にまでやってこようとして往生した。


 気休めではあるが、この王妃を少なからず若く描いておいてよかった。これでとんでもないくそばばぁなら即刻殺すところだ。設定上はカルロイ似のため、分類的には妖艶で美形の王妃だった。


「候補者たちの入城をあなたも見た?」

 薄く開いた扇で口元を隠し、うふふふと王妃は笑う。


「いいえ」

 素直に首を横に振った。


 興味はない。それよりも王太子権限での文書決裁が先だった。異世界転生をして王太子になったというのに、ここでも仕事に追われるとは。


 王太子というのはもっとのんびりできるものだと思ったのに、国王が勤勉だからたまらない。うかうかしていたら廃嫡されそうだ。


「まぁ、あなたったら本当に真面目なのねぇ。……開けなさい」

 王妃が侍従に命じる。侍従はバルコニーに通じるガラス張りと扉を開いた。


「もうダーニャ伯爵家とシシリアン宮中伯の娘たちは入城したわ」


 王妃がそっと腕を伸ばす。カルロイはさりげなく自分の左ひじを差し出した。エスコートをして歩き出すと、侍女が王妃の裾をさばきながらついて来る。下々の者は大変だ。


「ダーニャ伯爵の列はそれはそれは煌びやかでね。真っ白の客車に真っ白の馬。供回りもすべて白馬に乗って入城したのよ。客車には螺鈿がほどこされていて……。まるで光り輝くようだったわ。そしてね、シシリアン宮中伯の列には、小さな子ども達が花かごを持ってね、花弁をふりまきながらやってきたの。客車や馬たちも花で飾られて……。彼女自身が妖精の国からやってきたようだったわ」


 うっとりと王妃は語る。

 カルロイは頷きながら、それぞれの付添人たちを思い浮かべた。


 ダーニャ伯爵家にはマーベス子爵が。シシリアン宮中伯には、ルコイ商会の長が付添人として手を上げたはずだ。


 それぞれのカネと地位を賭けて、王太子の花嫁の座を狙いに来ている。


「母上お気に入りのマデリンはどうでしたか?」


 バルコニーに向かって歩きながら、カルロイは尋ねる。うふふふふ、と意味ありげに王妃は笑った。


「質素な馬車と質素な供まわりをつけて、つい先ほど入城したわ。まったく、ダーニャ伯爵家もシシリアン宮中伯も、陛下の好みを御存知ない」


 そう。

 この国の現国王は、質素倹約を第一としていた。自分自身も清貧を好み、妻や子たちにもそれを命じている。過剰な華美は、王にとって害でしかないと信じている男だ。


 他国では散財する王族が民によって殺される事件も起こっているが、この国ではそんなことありえない。民は、自分たちの代表である王を。いや、王家を誇りこそすれ、憎悪の瞳を向けることはない。


「王太子が花嫁を選ぶといっても、それは建前。実際には陛下のお眼鏡にかなった娘でなくては」


 王妃の言う通りだ。


 国王は花嫁候補が入城する様子もどこかで見ているのだろう。確実に、ダーニャ伯爵とシシリアン宮中伯の娘は減点された。


「陛下はマデリン嬢に好印象を抱いたはず。彼女には有力な支援者もいないし……。このままわたしの言う通りに動くのであれば、もちろん、あなたの妻にしてもよいと思っているのよ」


 王妃は目を細めてカルロイを見やる。


「あとはモーリス伯爵家だけなのだけど……。まぁ、あの家は呪われているらしいし。陛下も対象外とされるでしょう。それに付添人はレイシェル卿と聞くわ。いままで王宮に顔を出せなかった邪眼卿。きっと礼儀作法もできない田舎者。案ずることはないでしょう」


 愉快そうに王妃は笑ったが、カルロイは反射的に強く奥歯を噛み締めた。


(レイシェル……。いや、君島羽月きみしまはづき……っ)


 レイシェルが、『君かの』の原作者である君島羽月であることは一目見て分かった。


 自分が。

 作画担当のカイが〝カルロイ・エル・ラインシード〟に転生したように、あいつもこの世界に来たのだ。

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