第10話 鳥かご

「ああいうお店は初めてでした。王太子殿下も連れて行って下さらなかったわ」


 ……でしょうね。


「とても興味ぶかく、そして美味しかったです」

「それは……よかった」


 なんかちょっとほっとする。だけどすぐにアリエステの眉根が寄る。


「ただ、卿が足繁く通うのは、店主の胸が大きいからではないのですか?」

「違うって。あ、そうだ。これ」


 じっとりと睨まれ、慌てて顔と話題を逸らせた。壁に飾ってある絵を指差して尋ねる。


「あの絵、どうしたんだ?」

「児童養護施設で開催していたバザーで購入しましたの」


「バザー?」

「現在……その多少家計が苦しいことは認めますが、モーリス家は伯爵家。救いを求められたら手を差し伸べるのは当然です。持てる者が持たざる者に分け与えるのは使命。それぞれの画伯から説明を受け、納得した対価をお支払いしました」


 くらい高ければとく高きを要す、というやつだろう。


 なんとなくアリエステの雰囲気とその精神は似通っている。きっと彼女は無一文になっても、位をはく奪されても。


 それでも「アリエステ・モーリス伯爵令嬢」という自分にふさわしい行動と言動を最期まで通し続けるだろう。


 それがなんとなく嬉しい。それこそが俺の大事な推しキャラってもんだ。


「いい絵だな」


 立ち上がり、絵に近づいた。

 クレパスで描いてあったり、絵の具だったり。


「俺的にはこれがいい。爆発しそうな元気がよく表現されている」


 例の抽象画にしかみえないやつだ。

 かなり太い筆にべったりと濃い目の絵の具をひたし、おもいっきり渦を巻かせている。外側から中へ、ではなく、中心から外に広がる円だ。


 じっくり見ていると、描いた人間の元気がこっちにまで流れ込んできて足踏みしたくなる。走り出す寸前で止められている気分だ。


 弾むような気持で筆の跳ねかたとか濃淡とかを眺めていたら……視線に気づいた。


「……え。なに」


 振り返ると、アリエステが驚いたように目をまんまるにして俺を見ている。


「絵の良しあしがわかる方だとはおもわなかったわ」

「悪かったな」


 そりゃ前世での評価はいまいちだったが、これでも一度はプロとしてデビューしたんだぞ、俺だって。


「あの鳥かごは?」


 窓際に飾られている空の鳥かごを顎で示した。それだけでもアンティークとして一流品なので実用品ではないのかもしれないと思っていたが。


 さっき、ちらりと光った。

 なにかと思えば水皿だ。ちゃんと水が用意されている。


「セレーブスがいたのだけれど」

「セレーブス?」


 オウム返しに問うと、アリエステは少しだけ唇に笑みを浮かべた。


「そういう種類の鳥です。胸やお腹部分は赤銅しゃくどう色をしているんですが、それ以外は青い鳥で……。それぞれ固有のメロディーで鳴く鳥ですのよ。ご存じない?」


「へぇ。飼っていたのか?」


 今いない、ということは死んでしまったのだろうか。


「以前から譲ってほしいという方がいて……。大事にしてくださるとおっしゃるので、父がそれなりの金額と引き換えにお譲りしたのです」


 淡々と答えていたが、その声にはかなり寂しさと辛さがにじみ出ていた。


「そうか」 


 なんとなく俺もそう言って口をつぐむ。

 可哀そうにというのも変だし、また飼ってもらえよというのは更に見当違いだ。


「仕方なかったのです。それにあの子にとってもよかったに違いません」


 アリエステは顎を上げ、ふふんとまた強気に笑った。


「なにしろわたくしは王太子妃としてこの屋敷から出ていくのですからね。いつかは別れが来るのです」

「そうだな」


 俺も調子を合わせて頷く。


「そうそう。今日はその打ち合わせも兼ねて来たんだ。花嫁候補同士の顔合わせのときのことなんだがな」


 そうして俺はアリエステと打ち合わせをして……。

 ほんの少し雑談をして帰った。

 また、あいつにりんごのコンポートを作ってもらおうとおもいながら。

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