第39話 どっちが主役か思い知らせてやる

♤♠♤♠


「レイシェル卿、お待ちを!」


 衛兵を振り払った隙に、セイモンが扉を押し開ける。同時に俺は西塔二階の部屋に乱入した。


 すぐに甲高い悲鳴が上がる。

 顔を向けると、王妃だ。


 俺の両眼を見た途端また、慌てている。床を這いながら部屋の中央へと移動していた。


 カルロイを目指しているらしい。

 王妃は溺愛している長男の足にすがりつき、聖書の一文を唱えている。


 カルロイは、というと。

 俺に背を向け、上座にいる陛下と三公爵に向き合っていた。カルロイは立ったままだが、四人は椅子に座り、むっつりとした顔をしている。


「カルロイ!」


 怒鳴りつけると、緩慢に振り返る。

 その顔に、俺は手袋をぶつけてやった。


「決闘を申し付ける! お前が負けたら、鍵を寄こせ! アリエステに死ぬまで詫び続けろ! 詫びながら死ね!」


 鍵を探しに行ったセイモンが『王太子がカギを持っている』と聞いてきたのだ。

 こいつ、どこまでアリエステの邪魔をするのか……っ。

 そのまま佩刀の柄に手をかけたのだが。


「待て、レイシェル」


 ナイト公爵の声が遮る。俺はそれでも柄を握り込んだまま離さなかったのだが、再び「レイシェル」と呼びかけられ、しぶしぶ姿勢を正した。背後ではセイモンも同じように起立の姿勢をとっているようだ。


「まずは陛下からの言葉を聞け」

「レイシェル。話はすべて聞かせてもらった。ご苦労」


 国王がちらりと視線を移動させる。

 見ているのは、床から生えているようにも見える鉄の筒だ。いまは、ぱかりと蓋が開いている。


 きっと、地下にいた俺とアリエステの会話はそこからすべて聞こえてきたことだろう。


 いわゆる伝声管。


 昔の戦艦や船には、無線代わりに張り巡らされてあったという。

 音は、距離に比例してどんどん小さくなっていく。だけど、細い管のようなものの中であればそのまま伝播していく性質がある。


 それを利用した装置が伝声管だ。

 俺はこれを設定として組み込んでいて……機密情報のやりとりとか、なんかわからんが秘密の愛を語らう道具にしようと思っていたんだが。


 まさか。

 アリエステが語る真実を国王と三公爵に聞かせることになろうとは想像もしていなかった。


「いまから三公爵とともに、廃嫡についての審議に移る」

「お待ちください、陛下! これはなにかの陰謀です!」


 王妃が金切り声を上げた。


「お……王太子を追い落とそうとする、その三公爵の陰謀なのです! 騙されてはいけません!」


「なにを愚かな……」

 ナイト公爵が嘆かわしいとばかりに首を振ると、王妃が怒鳴った。


「黙れ! まさか首謀者はそなたではあるまいな⁉」

「口を閉じよ。すべてはお前とカルロイのしでかしたことであろう」


 国王が間髪入れずに言い放つ。


「カルロイよ。なにか反論したければ、レイシェルの申し出を受け、まずは勝ってみせよ」


 部屋の中央に立ち尽くし、顔は血の気が失せた様に真っ白だ。床に落ちた手袋をしばらく見つめていたが、ゆっくりと顔を上げる。俺と視線が合った途端、その瞳に怒りのような色が沸き立った。


「……レイシェル」


 唇をわななかせ、俺に向き直る。立てた親指で背後にある伝声管を差した。


「なんだあれ。あんなものいつあった」

「伝声管だ」


 どうせ知らないだろうとぞんざいに答えると、カルロイは鼻を鳴らした。


「あれか。古い映画とかに出てくる……戦艦とか潜水艦にあるやつね。へぇ。良く聞こえるじゃねぇか」


 両腰に手を突き、振り返る。


 俺はそんなカルロイをまじまじと見つめた。


 おかしい。

 戦艦……と呼べるものは確かにこの世界にもある。もちろん、近現代的な戦艦じゃない。大砲を積んだ帆船のことなんだが……。


 だが、潜水艦なんてものはこの世界にはないし、そもそも〝映画〟など存在しようがない。もちろん伝声管なるものがこの世界にあるのを知っているのは。


 俺だけのはずだ。


「次から次へとヘンテコな設定考えやがってよ。担当に言われただろ? 本筋に関係ねぇ話は作るなってよ」


 バカにしたような瞳を再び俺に向けるカルロイ。


 金色の髪に、青い瞳。痩身痩躯な優男。この世界では、誰よりも設定に忠実だった青年王太子。


 だが。

 こいつは、誰だ。


 初めて疑問が沸き上がる。


「カ……。カルロイ?」


 同じ違和感を覚えているのだろう。カルロイの足にしがみついていた王妃が訝し気に尋ねる。


「離せ、うっとうしい」


 カルロイは無造作に足を振り抜き、王妃を引き剥がした。


「ってかお前、相変わらず美童をはべらせてんのな。やっぱそっち系じゃん。おい、そこの美少年。おれに剣を貸せ」


 カルロイが指を差したのはセイモンだ。


「自分のないの?」


 迷惑そうに口を尖らせ、顔をしかめながらも革ベルトにぶらさがる剣を鞘ごと抜いて、カルロイに向かって投げる。


 セイモンがいろんな無礼を働いたが、陛下も王妃も三公爵も、まるで人格が変わったようなカルロイに戸惑っていてそれどころではないらしい。


 俺だってそうだ。

 あいつが何を言っているのかよくわからない。


 そんな中、カルロイは剣を片手でキャッチすると、優雅な身のこなしで振り返った。

 片膝をつき、頭を垂れる。


「陛下。もしこの決闘で勝利をおさめることができましたら、正式に弁明の機会を与えて下さいませ」


 今度は一転、恭しくそんなことを言いだした。国王は足を組み、椅子のひじ掛けに頬杖をついた姿勢でわずかに首肯した。


「よかろう。だが、その弁明を信じるかどうかはわからんがな」

「機会を与えて下さるだけで結構でございます。ありがとうございます」


 言うなりするりと立ち上がる。

 剣を抜きはらって鞘を捨てた。俺と向き合う。


「おい、君島羽月」


 呼ばれてどきりと心臓が跳ね上がる。


 俺の、ペンネームだ。


「お前が作り上げたこの世界で……。俺とお前。どっちが主役だかわかってんだろうな」


 片方だけ唇を吊り上げるようにして奴は嗤う。


「主役に脇役がたてついたら、どうなるか思い知らせてやるよ」

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