第40話 俺もお前が嫌いだったよ

 言うなり、大上段に振りかぶった剣で斬りかかってくる。


 俺は柄を逆手に握ったまま、一気に鞘から振り抜いた。


 りぃん、と。

 聖者の鈴が鳴る。


 落ちてくる剣を下から払った。


 刃同士がかちあった途端、金属特有の聞き苦しい音が鳴り、弾かれたカルロイの身体が伸びあがる。痺れるような衝撃が手首に来るが、柄を持ち替え一歩踏み込む。


 途端に奴は後ろに飛び退った。

 剣を構えなおし、今度は慎重に俺との間合いを計ろうとする。


 レイシェルと違い、あまり実戦経験がないのだろうか。

 柄を握る両手には力がこもりすぎだし、肩はがちがちに固まっている。


 だが。


「殺してやる、殺してやる、殺してやる」


 呪詛のように繰り返すカルロイの声を聞き、俺のことをそれほど憎悪しているのだと知った。


 戸惑うと同時に、既視感に気づく。

 

「アリエステをぐちゃぐちゃにして笑いものにしてやろうと思ったのに……っ。あざ笑ってやろうと思ったのに」


 滅茶苦茶に剣を振り回し、俺に向かってくるカルロイを見て。

 そのギラつく瞳を見て。


 ようやく気づいた。


「お前……。カイ?」


 外見はまったく似ても似つかない。


 カイは30歳の太めの男だ。猫背で、床屋に行くのが面倒だと自分でバリカンを使って頭を刈っているような男で……。目がかすんでくるとパソコンの画面に顔を貼り付けるようにして絵を確認して……。


『カイさん。こんにちは』


 作業場に行き、いつもどおり挨拶をすると、目を細めて眉根を寄せるようにしてにらみつけてくるのだ。


 その時の。

 目に似ていた。

 

 こいつ、どうやったらもう来なくなるんだろう。視界から消えるんだろう。突き放せるんだろう。


 そんな顔だ。


「邪魔なんだよ、お前は! せっかくおれの前からいなくなったと思ったのに!」

 カイが……いや、カルロイが怒鳴る。


「団長!」


 気づけば足を止めて呆然と奴を凝視していたからだろう。セイモンの怒声に我に返った。


 カルロイは、斬るのではなく、刺しにきていた。

 左に開くようにして躱すと、剣先が身体すれすれを通過する。


 同時に前のめりになったカルロイの顔がすぐ近くにある。


 目が、あった。


 ギラギラとした目。

 殺意と、怒りと、憎しみと。

 おおよそ、きれいなものとは相反するすべての感情がそこにあって。


 瞬間的に俺の心にも、そのどす黒い焔は燃え移った。


 口から意味のない大声を吐き出す。

 心というか、頭というか。

 身体全体に拡散した憎しみは、血を沸かせる。


 こいつのせいで、こいつのせいで、こいつのせいで、こいつのせいで……っ!


 俺は剣を片手持ちにし、握りしめた拳で思いっきり奴の頬を殴りつけた。


 めき、と。

 骨が軋む音が響き、カルロイの身体がかしぐ。


 そのまま、カルロイは左向きに床に横転した。

 すかさず奴の顎を蹴り上げる。


 床から身体が浮くぐらいの衝撃を受けたが、声さえ出ないらしい。

 目だけを見開いて俺を見ている。


 その目を見返し、奴の手首を上から踏みつけた。ぎゃあ、と大きな悲鳴が上がり、剣を手放す。蹴って部屋の隅に滑らすと、セイモンが「僕のなのに、乱暴に扱わないで」と背後で怒っていた。


「今まで言わなかったがな」


 踏みつけたまま腰をかがめて奴に顔を近づける。

 ぎゃあぎゃあとけたたましく声を上げ続けているから、聞こえているのかどうかは知らんが。


「俺だってお前がだいっきらいだったよ。仕事だからつきあってたんだ」


 足からわずかに力を抜くと、手首を抱えてカルロイが床を転がり回る。


「アリエステは他に、どこ怪我してたっけ」


 再びカルロイの胴体を踏みつけて動きを止め、滂沱の涙を流す奴を見下ろした。


「顔の右だろ? 手首だろ? セイモン。他どこだった」

「脇腹じゃない? 身体を起こせないの、肋骨やったからでしょ」


 苦々しげに答えながら、セイモンは部屋の隅に移動し、自分の剣を回収したようだ。


「おし。了解」


 カルロイを踏みつけていた足を後ろに引き、せぇの、で蹴ろうとしたら、ばね仕掛けの人形のように奴は上半身を起こした。


「おれが悪かった! いくらでも謝る! か……鍵も!」


 うるせぇ、と俺は唸った。


「どっちが主役だぁ……? そんなもんな。カルロイでもレイシェルでもマデリンでもねぇ。いいか」

 

 ぎり、と俺は両眼で奴を睨みつける。


「原作つくってる俺だよ」


 怯えたような顔の奴を見て、せいぜい悪役らしく嗤ってやる。


「異世界転生ではなぁ、調子に乗ったキャラは〝ざまぁ〟されんだ。知らなかったか?」


 そのまま、あいつの腹めがけて足を振り切った。

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