推しがいる世界に転生したんだが、彼女に好きな男がいるようなので応援しようとおもう
武州青嵐(さくら青嵐)
第1話 悪役令嬢との出会い
その場に居合わせたのは偶然だった。
近衛隊との合同訓練に参加するため、久しぶりに王都に来たもんだから、ついでに馴染みの店に顔を出そうと考えたのだ。
だから副隊長のセイモンたちを先に帰してひとりで下町を歩いていた。
そのとき、たまたま悲鳴が聞こえてきたにすぎない。
「メアになにするの!」
緊張感を孕んだ声に、足を止めて顔を向ける。
往来にいる奴らはみんな俺と同じような反応をしていた。
路地裏に近い場所で、侍女連れの若い娘が、男数人にからまれているらしい。
俺の方に背を向けているから、顔はわからない。
供まわりの騎士がいないうえに、侍女はかなり高齢だ。
だけど娘の気は強い。侍女を隠してすっくと立っている。
「失礼な男たちね、下がりなさい! わたくしを誰だと思っているの!」
芯のしっかりした声で威嚇するが、男たちはニヤニヤと笑ったまま。
時折手を伸ばして、若い娘に触っては「やめなさいっ!」という反応を見てからかっていた。
そばの露店があからさまに迷惑そうな顔で「よそでやってくれ!」と怒鳴っているが、往来にいる大半の人間は、どうしたもんかと思案顔。
……まぁ、俺も同じようなもんだ。
かかわり合いになったらややこしいし。かといって放っておくのも後味が悪い。
誰か止めに入らないかな、そしたら加勢するけど、と様子見の段階ではあったのだけど。
……結局のところ、誰も止めには入らない。
それどころか、次第に「まぁ、誰か助けるだろう」と離れる奴も出てきた。
そんな雰囲気に気づいたらしい。侍女の手を握ったまま若い娘が周囲に視線を巡らせた。
その顔を見て愕然とする。
「あ……っ。アリエステ……⁉」
おもわず声が漏れた。
そこにいるのは、まぎれもなくアリエステ・モーリス。
俺の推しキャラ! ……であり、悪役令嬢だ。
亜麻色の長髪を束ねるのは、設定どおり白いレースリボン。長い睫にふちどられているのは、
間違いない。彼女だ。
俺が思い描いていた通りの〝アリエステ・モーリス〟がそこにいる。
「さっさとこっちに来いって言ってんだよ」
呆然としている俺の目の前で、男が強引にアリエステの腕を掴んで引き寄せた。
「きゃ……っ!」
「お嬢様!」
侍女が叫ぶ。その前でアリエステが転倒していた。だが、男は腕を離す気がないらしい。彼女がうつ伏せに倒れているというのに、さらに引っ張った。
それを見たとき。
すでに身体が動いていた。
りん、と。
駆け出すと同時に、佩刀につけた鈴が鳴る。
その音に。
ぎょっとしたように周囲の人間は俺を振り返り、そして、さっと顔を背けて道を開けた。
「〝聖者の鈴〟だ」
「じゃあ、あの方が〝邪眼卿〟か」
好奇心と、侮蔑と。恐れを多分に含んだ声が周囲から上がる。
まぁ、こんな反応ももう慣れっこだとちょっとだけ口をへの字に曲げた。
りんりんりんりん。
俺の速度に合わせて鈴は鳴る。
「誰か、お嬢様を!」
侍女は必死に周囲に助けを求めたが、その語尾を潰したのは男たちの下品な笑い声だった。
「じゃあ、詫びの代わりにしばらくこの女に相手してもらうからな」
むんずとアリエステの肩を掴み、強引に立たせた。
「痛っ……!」
苦痛の滲む声と共に、やはりまたアリエステが体勢を崩す。右足が踏ん張れないらしい。
俺は彼女の背後から手を伸ばし、その腰をとらえて支えた。
そのまま一気に自分の方に引き寄せる。
りん、と。
アリエステが俺の胸に後頭部をぶつけた拍子に、佩刀の鈴がひとつ鳴った。背が俺の喉より低い。これも設定どおり。うわぁ。なにこれ。まじで夢みたい。このままバックハグしたい。そんな妄念を抑え込み、俺は男たちを
「男数人かがりでやることか、これが」
「ああああ⁉ なんだ、お前っ」
「関係ねぇだろ! ひっこんで……」
男たちが威勢よく怒鳴ったのはそこまでだ。
俺の顔を見、ぎょっとしたように息を呑む。
いや。
正確には奴らが見ているのは、眼帯。その下に隠された俺の左目だ。
色は黒。ついでにいえば右目が金色。
ようするに虹彩異色症だ。
だがこの世界では邪眼と呼ばれ、忌み嫌われる対象。俺の身分が高いために〝聖者の鈴〟をつけ、人前に出るときは眼帯をするだけで普通に生活させてもらっているけど、本来なら教会に閉じ込められて一生を終えてもおかしくない。
そう。
この俺は〝レイシェル・ナイト〟。
俺が原作を担当したマンガ『君の恋が叶いますように』、通称『君かな』のキャラだ。
アリエステ・モーリスの結婚相手。……なんだが、いまのところなんとか回避している。
いや、その問題よりもなによりも。
俺自身の、この設定がくっそ恥ずい‼
オッドアイに邪眼卿⁉
厨二病かよっ! 設定考えてたときの俺、ほんとどうかしてたよ‼ 酒⁉ 俺あのとき酒飲んでたっけ⁉
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