第25話 いつもと違うアリエステ嬢

 その数時間後。

 離宮内のダンスホールに俺はいた。


 楽団が落ち着いた音楽を奏でてはいるが、まだダンスをする時間ではないらしい。採点者たちもおもいおもいに酒を飲んだり談笑をしているし、この領の貴族夫婦たちも着飾った姿でうろうろしている。


 シェーンブルン離宮を普段管理している領主婦人など得意満面の笑顔を浮かべてホステス役をかって出ていた。


 さっきちょっとだけ挨拶したが、アリエステのことを褒めてくれていた。ナイト公爵がいうように、親世代はアリエステに好意を持っているのがせめてもの救いだ。


 というのも。

 若い世代が本当に酷い。

 情報に疎い俺のところまで「アリエステは様々な仕込みをつかって王太子妃の座を狙っている」と伝わってくるぐらいだ。


 ……情報源は、マデリンだろうな、とは思っている。


 俺はため息をついて視線を移動させる。

 王太子カルロイはホールの中央だ。


 マデリンとアリエステがグラスを片手に話し相手になっている。マデリンの付添人も愛想笑いを浮かべてべったりとそこに張り付いていた。


 カルロイの近衛兵や俺の小隊の隊員なんかは壁際にいて、警護というか……。会場全体の様子を窺っていた。


「様子はどうだ?」


 するり、と猟犬のように近寄ってきたセイモンに尋ねる。


「不審者なし。……今のところはね」


 ぶっきらぼうに答える。だよなぁ、言いかけて俺は飲み込んだ。


 普通、不審者なんて来るはずはないんだよ。

 なにしろ王太子がいて、その花嫁候補がふたりもいるんだ。


 警備は厳重。王都から連れてきたのは近衛隊だし、俺の小隊だってまんまついて来ている。なんなら離宮のある領地の領主が騎士まで動員している。


 それなのに……。


「アリエステ嬢の気のせいじゃないんだよね?」

 セイモンに訝し気に言われたものの……。なんとも言いようがない。


「ここんところアリエステ嬢、様子がおかしかったじゃない」

 ちらりと奴を見ると、顎でしゃくられた。


 示す先にいるのはアリエステだ。

 このあとのダンス用の衣装を着ている。


 マーメイドスタイルというのだろうか。細身の身体にぴったりと合うようなデザインで、裾の方だけが少し広がっている。


 腰に緩く銀鎖の装飾用のベルトをつけているのだけど、それで余計に細い腰が強調されていた。改めてみると、ほんとほっそいな。そして、こんなにぴったりしたデザインって踊りにくくないのか?


 足の長いカクテルグラスを持ち、カルロイとマデリンの会話に相槌を打っている横顔もシャープだ。なにを話しているのかまではわからないが、いままでとは少し雰囲気が違う。


 ときおり大げさにマデリンとその付添人が笑ったりするが、アリエステはあまり表情を動かさない。


 どちらかというと、無表情に近かった。


「あのドレス買いに行った日からさ、めっちゃ変じゃん」

「やめなさい、指をさすな」


 セイモンの手をぱちりと上から叩いて注意をするが、綺麗な顔でふくれっ面を作った。


「なんかあったんじゃないの? 知らないの?」

「本人がなにも言わないんだからそれ以上聞けないだろう」


 ため息交じりに言うと、ふん、と顔をそらされた。


「気鬱とかそんなん? それで幻覚見たとかさ」

「気鬱……なぁ」


 繰り返してから、ううううん、と唸る。

 直観だが。

 気鬱……とは違う気がする。


「レイシェル卿」

「はい」


 不意に声をかけられて顔を向けると、近衛隊の部隊長だ。この前の合同訓練でちょっとだけ親しくなった。邪眼だなんだと恐れられていたが、一緒に行動してみたら「なんだ、いいやつじゃん」的な感じで最近では気軽に声をかけてくれる人も増えて来た。


「警備のほうは我々が主体となりますので、どうぞ付添人としてのお役目を」

「ああ……、そうです……ね」


 曖昧に頷く。

 まぁ、そうなんだよな。


 警備もしなきゃだけど、そもそも俺、アリエステの付添人だし。


「ではよろしくお願いいたします。セイモン、部隊長の指示に従うように」


 部隊長には頭を下げ、セイモンには釘を刺してからアリエステたちがいる方に近づいた。


「おお、レイシェル卿。ご苦労様だね」


 一番にカルロイが朗らかに声をかけてくれる。足を止めて一礼すると、くすりと笑われた。


 ん、なんだと顔を上げると、カルロイが目を細めて俺を見ていた。


「今日はまた……。一段とあれだね。カッコいいというか……。思春期をこじらせたというか……」


 指摘されてわが身に目を向ける。


 軍服の上にぺリースマントをつけた服装だ。

 ぺリースというのは、あの宝塚の男役が着てそうな短いマント。


 右わきに紐を通して左肩だけを覆うように着用するマントで、右肩を出しているのは火急の時に剣を抜いて攻撃できるように、なんだけど。


 眼帯に軍服でぺリースって。

 俺の中で完全に厨二病だ。


「とてもお似合いですわ」


 なんかこう、もやついた気分で押し黙っていたらアリエステの声が聞こえて来た。


「レイシェル卿は軍人ですもの。なにかおかしいですか?」


 顔を向けるとアリエステが真っ直ぐな瞳をカルロイに向けていて驚いた。


 それはカルロイも同じらしい。 

 たじろいだような、取り繕うような笑みを浮かべている。

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