最終話 この物語は……

 半年後。


 王宮から戻り、居間に入るとアリエステが椅子から立ち上がった。その隣にいたメアも、よろよろとつられて立ち上がる。


「どうなりました?」


 背筋をぴんと伸ばし、凛々しい声で尋ねるが。

 その青石に似た瞳に不安が滲んでいた。


「王妃とカルロイはブーゲンダリア領に移送。王妃の位はそのままだが、カルロイは王太子の位をはく奪」


 言いながら、手近な椅子に座る。背後に控えるセイモンが、さりげなく入り口に待機している隊員に合図を送ってくれる。お茶を用意してくれるのかもしれない。


 とにかく喉が渇いた。

 朝から……いま、もう何時だ。もう夕暮れだよな。


 ずっと王宮の会議室に缶詰めだった。


「そう……ですか。次に立太子なさるのは……」


 そろそろとアリエステは座り、それからメアにも目で座るように合図する。

 アリエステ付きの侍女としてそのまま屋敷に招き入れたんだが……。


 最近どうも本格的に足腰が悪いらしい。そろそろ引退させた方がいいんじゃないかと俺は思うんだが……。本人メアが、うん、って言わないんだよなぁ。『お嬢様の御子をこの手に抱くまでは』とか言って……。


「次の王太子はヤヌス王子だ」


「最終候補まで……というか、ずっと隊長も『王太子になってはどうか』って公爵たちと王子から口説かれてたけどね」

 セイモンが肩を竦める。


「まあ」

 アリエステが目を丸くするから、苦笑して手を横に振る。


「受けるわけないだろう。陛下にはまだ実子がいるんだ。優先順位を狂わせるようなことを俺がするわけがない」


 だが、セイモンの言う通り、公爵たちはともかく……ヤヌス殿下がごねた。

 普段は聞き分けのいい優等生なんだけど、王太子になるのはいやだ、と。


「ヤヌス王子なら安心ですが……。やはりお年が……」

 アリエステが眉根を寄せる。


「なので、成人するまではナイト公爵家が後見人に立ち、側周りには俺と、俺の小隊がつくことになった」


 それでようやくヤヌスも納得したのだ。


 アリエステが想像するように、本人も不安だったに違いない。

 なにしろ敬愛し、尊敬していた兄は廃位。母も遠くに退けられ、身内といえばその決定を下した父王しかいない。


 次男であるという気楽さがあったところに、いきなりすべてが降りかかってきたのだ。


『ぼくはいやだ! ねぇ、レイシェル卿! レイシェル卿が王太子になって!』


 べそをかいてそう言う気持ちもわかる。


 だが、序列とか……。血の濃さとかいろいろあるのもわかるわけで……。

 そもそも俺、邪眼だしなぁ……。

 妥協案をみつけるまでに時間がかかった。もう疲れた。


「でも、これでナイト公爵家はいっきにナンバー2に上がったよね。王家の次ぐらいに」


 なんかセイモンが誇らしげに言う。

 ……まぁ、王太子の後見人だからな。


 俺がアリエステの付添人になりたいと申し出て……。

 その結果、三公爵とはいわれていても、邪眼を出した家として傍流に甘んじていたのだけど……。


 気づけば結構な地位に返り咲いている。


 ナイト公爵的には『……いまさらこの年で権力近くにいるのはなぁ』と、俺以上に疲れた顔をしていたが、モーリス伯爵家と婚姻関係を結んだ段階で腹はくくっているんだろう。俺だってできる限り公爵を補佐するつもりだ。


 アリエステを妻に迎えた手前、なんでもやらねばならん。


「姐さんも残念だったね」


 セイモンがアリエステに顔を向ける。相変わらず女に見紛うぐらい綺麗だが……。

 口が悪いのをどうにかせねば。姐さんって……。うちはやくざの事務所じゃないぞ。


「隊長が王太子になれば……王太子妃になれたかもしれなかったのにさ」

「あら」


 アリエステはくすりと笑う。


「王太子妃など……。いまとなっては必要ありません。ナイト公爵家とモーリス伯爵家こそがこの国を支えるのですもの」


 勝気そうな顔で胸をそらす。

 そんな彼女を見ながら、不思議な気分だ。


 俺が作った物語。

 俺が作った世界。


 それなのに。

 転生してからこっち、ストーリーが全く変わってしまった。


 先が見えないし、どう動けばいいのか予想もつかない。


「どうしまして?」


 俺の視線を感じたのか、アリエステが小首を傾げる。俺は笑って答えた。


「いいや、なんでも。そうだな。いつだって物語を動かすのはナンバー2だ」


 悪役令嬢や悪役が絶妙なタイミングで動くからこそ、物語は転がって行く。


 ならば。

 この世界で彼女と共に世界を動かしていくのもいいだろう。


 これは。

 俺と、彼女が幸せになる物語だ。




 


 

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推しがいる世界に転生したんだが、彼女に好きな男がいるようなので応援しようとおもう 武州青嵐(さくら青嵐) @h94095

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