第14話 物語の主人公 マデリン・セーク
♤♠♤♠
「レイシェル卿。鈴をどこかに落とされたのではなくて?」
「え?」
馬車から降りたアリエステをエスコートし、王宮内の廊下を歩いていたら、不意にそんなことを言われた。
「王宮に着いてから鈴の音がしませんわ。騎馬で移動中に無くされました?」
心配そうな顔で俺を見上げる。
「王宮は王族の聖性のおかげで清浄だから。聖者の鈴はいらないんだ」
すぐ背後でセイモンがぶっきらぼうな声を投げつけてくる。
「あら、そうでしたか。でしたらもう少し王宮に顔をお出しになればいいのに。まったくお会いしませんでしたわね」
「一応縁起悪いからなぁ、俺。目を隠してても清浄でも」
といいながら、単に主要キャラに会いたくなかっただけなんだが。
「それからその眼帯。もう少し品の良いものはありませんの? 革ですか、それ」
アリエステは足を止め、俺に向かって手を伸ばす。仕方なく俺も立ち止まって彼女が触れられるように腰をかがめた。いや、俺前世も高身長の部類だったんだけど、こっちの世界でも背が高いんだよ。
「こう……サテンとか。絹とか」
アリエステが足を止めたもんだから、俺の後ろをぞろぞろついて来ていた部隊の奴らも立ち止まって俺とアリエステを取り囲んで様子を見ている。
「隊長、眼帯よりあっちがカッコよかったっすよ。布を目で覆うやつ」
隊員のひとりが自分の目の周りを指差し、鉢巻をするようなしぐさをする。
「いや、あれは呪術学校の……。高専の先生みたいになるんだ……」
「王都の呪術学院にそんな先生いましたっけ?」
尋ねられたが曖昧に濁す。
前世で流行っていた少年マンガ。俺は死ぬまであのタイトルがまともに発音できなかった……。いや、〝じゅじゅつ〟って言いにくくね?
「おれはおんなじ布でも、バンダナみたいにして、目のところに色ガラスはめたやつ好きだったなぁ」
「おお、おれもおれも」
隊員たちがもりああっているが……。
「あれは赤い彗星になる……。あるいは魔女のお母さん」
「なんすか、それ」
首を傾げている隊員たちに、俺は大ため息をついて見せる。
とにかく目を隠そうといろいろやってみたが、なにかのキャラにかぶる。自分で自分の設定に恥ずか死にそうだ。結局、眼帯というもっとも厨二病的装いをするしかない。
「アリエステ・モーリス嬢。レイシェル卿」
冷徹な声が聞こえてきて、俺は慌てた。
首をねじると、廊下のだいぶん先に案内役の侍従が立って待っていた。
周囲を見回すと、俺たちの後ろで大渋滞ができている。やばいやばい。廊下に広がって騒ぐとかって、それこそ中学生男子かよ。
「ほら、行くぞ」
俺は学校の先生さながら隊員を促し、アリエステを連れて再び歩き出した。
他の花嫁候補たちはすでに部屋に集まっているとか。さっさと行かねばならん。
「聖者の鈴をずっとつけているとおもっていたから。ごめんなさい」
俺の左腕を取って歩くアリエステが言う。
「いや別に。ずっとつけているのは本当だからな。気分は猫だ」
笑ってこたえた。
あれがあるとどこにいっても俺の存在をアピールしているようなもんだから。ゆっくりしたくても全然できない。
「アリエステこそ。随分鈴に執着するんだな」
「執着というか……。鈴の音が聴こえたらレイシェル卿がいらっしゃったと……。ほら、このところ、打ち合わせのことや父とのやり取りで我が家にいらっしゃることが多かったでしょう?」
「ああ……まぁ」
アリエステはわずかに顔を上げ、俺を見る。
「我が家の廊下から鈴の音が聴こえてきたら、レイシェル卿だと。なので、鈴の音がすると、卿が近くにいてくれるような気がしていたんです」
ただそれだけです、と断言した。その言葉の後を継ぐように、侍従の声が響いてきた。
「それでは、ここからは花嫁候補様と付添人のみご入室ください」
衛兵が立つ部屋の前で侍従が足を止めている。
「そのほかの方は別のお部屋を用意しております」
頭を下げてそう言うから、セイモンを一瞥する。了解、とばかりに奴は片手を上げた。
「ありがとうございます。助かりました」
アリエステが不意にそんなことを言うから、セイモンをはじめ、他の隊員もぽかんとしている。
まさか伯爵令嬢が自分たちに礼を言うなどと思わなかったに違いない。
いい娘なんだよなぁ、気が強いだけで。
「じゃあ、あとで」
俺の声掛けでようやくあいつらも動き出す。
そのままアリエステだけを連れて扉に近づいた。
衛兵がお訪いの声を上げた。
侍従に導かれるまま部屋に入る。
室内はそこそこ広い。普段はなにに使われているのか知らないが、暖炉とミニバーが見える。
東側の壁は全面ガラス張りになっていて、庭の様子を楽しむことができた。
王宮の正門に作られているようなシンメトリーの庭じゃない。野趣を感じるためのもので、背の高い木々から丈の低い園芸植物なんかが植えられていた。おかげで、陽の光は入るものの木陰のおかげで直射日光は遮られている。
部屋の中央には円形のテーブルがあり、そこにはすでに三人の女が座り、それぞれの後ろには男が立っている。
ちらりとこちらに視線を向け、それから一斉にみんな聖句を小さな声で唱える。
呪わねぇよ、別に。今日邪眼隠しているし。
「遅れました。アリエステ・モーリスと申します」
そんな声を塗り替えたのはアリエステの声だ。
部屋に入室し、優雅にお辞儀をしてみせる。
室内の令嬢たちはそろって立ち上がり、アリエステと俺に礼を返した。
「ごきげんよう、アリエステ嬢」
「ごきげんよう、レイシェル卿」
こほん、と俺は咳ばらいをし、会釈程度に目線を下げる。
「本日は付添人としてアリエステ嬢に同席する。来る前に教会にて言祝ぎを受けてきたことを先に述べる」
なんかもっともらしいことを言うと、部屋の雰囲気が一気に和んだ。
……これぐらいで済むんなら、いくらでも嘘を並べるよ。
「アリエステさま! どうぞ私の隣! こちらの席が空いておりますわっ」
華やかな声でアリエステを呼ぶ娘に視線を移動させる。
名乗らなくてもわかった。
亜麻色の波打つ髪。ぱっちりとした二重の目。エメラルドのような瞳。笑うときゅっと眉を寄せる癖。
なにより服の上からでもわかる胸の大きな女。これがヒロインのマデリン・セークだ。
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