第11話 交渉

「ったく」


 青い魔道服の裾を絞り切ったヒーラーが不機嫌そうにテントに戻る。


「アンタ、起きていて良いのか? 腕の傷は治せても失血は取り戻せない。また倒れられても、今度は治してやれないぞ。あの後そこのバカが魔物に盛大にやられたから、今日は回復魔法を使い切った」

 

 眼鏡のヒーラーは騎士の扱いが荒いのはともかく根は優しいのだろう。心配してくれているのが分かる。二人に出会う前にやられた傷は、目が覚めた時にはすっかり痛みが引いていた。


「この腕、セージさんが治してくれたんですね。ありがとうございました」


 セージが返事の代わりに嘆息して焚火の前に座り、

 横に転がっていた騎士ライアンも体を起こす。


「助かったよセージ。お前がいなかったら死んでた」

「そのセリフは聞き飽きた。この、接近戦バカ。少しは遠隔攻撃を覚えろといつも言っているだろ」

「でもキャスパリーグを一体倒した。こいつは俺達の成果だ」


 ライアンがこぶし大の赤い魔石を上に放ってはキャッチする。セージはフンと鼻を鳴らし、娘の枕元に積んだ魔石の山に目をやる。


「アンタ、ギルドに所属しているわけでもなくて、魔石を集めているわけでもないのに、そんな大怪我までしてなんで魔物を狩ってんだ?」


「俺もそれ、気になった。ねぇ、なんで?」


 パチパチと火の粉を飛ばす焚火にライアンが薪をくべた。

 娘がフードの下で目を細め、きゅっと唇を引き結ぶ。


 目的を達成するには自分一人では厳しいと思い始めていた。いくら剣術を磨き、弓術を極めても、一度に相手にできる数には限界がある。怪我をすれば回復までに時間もかかる。このまま森を抜けられなければ、いくらその先のことに考えを巡らせても意味がない。手数そして回復力。その二つを望むなら、今ここで彼らを味方につけるべきだろう。神界審判はひと月後。その舞台で成すべきことを成す。捻じ曲げられたモノをその舞台で是正しなければならない。


 クロークの娘はおもむろに口を開いた。

 再び美声が旋律を奏でる。


「森を抜けた先に用があるのです」

「森を抜けた先って、ただ丘が続いているだけだろ?」

「そう見えるだけです」

「そう見えるだけ?」


「森を超えた丘一帯は神域で、人目に触れないよう隠されています。外からは何もないように見えますが、あの丘の上の断崖付近に女神の城があるのです。お二人は大釜の女神ケリドウェンの話を聞いたことがありますか」

「ああ、前に酒場でセージがなんか言ってたよな。大釜で魔薬を作ったとかなんとか」

「まさか、ケリドウェンの城があの丘の上にあるって言うのか?」

「突拍子もない話に聞こえると思いますが、でもわたしは、恩人にたちの悪い作り話をして、からかうような真似はしません」


「自分が何者か明かせないような奴が言っても、説得力に欠けるな」


「それもそうですね。わたしは表向きには死んだと思われているので、生きていることが知れると色々と面倒なのです」


 さらっと凄いことを聞かされたと思い、ライアンは口を開いた。が、セージと娘の会話に入る隙はなく話は二人の間で進んで行く。


「死んだことになってる、ねぇ。そんな奴が本名を名乗るわけないよな。シスって名前は偽名か」


「……」


「それで? 正体不明の凄腕弓術師が、何故突然、そんな身の上話を俺達にするんだ?」


「……それは」


 クロークの娘は二人に向かって膝を揃えた。


「セージさん、ライアンさん、お願いです。わたしの森抜けを手伝っていただけないでしょうか」


「……悪いが、俺達は魔物が狩れればそれでいい。だからわざわざ森の奥に行く予定はないんだ」


「おいセージ、別にいいじゃんか。ちょっと予定が変わるくらいのことだろ?」


「何言ってる、お前この森の広さを知ってんのか? 地図見てみろ。お人好しで付き合い切れる距離じゃない」


「かっ、代わりに! 代わりに貴方方の魔物狩りをお手伝いします! お二人に遠隔攻撃が足りないのであれば、わたしは弓でお役に立てると思います。それから、森抜けを手伝ってくださるのなら、その間わたしが倒した魔物の魔石は全てお二人に譲りましょう」


「全部!? すんげえ! その話乗った! な、いいだろ? セージ!」


「待てよ。俺は顔も知らない奴と組みたいと思わない。そのフードを取って正体を明かすなら、その話、考える」


「わかりました。但し、わたしについてはいかなる事も他言は無用。詮索も禁止です。約束が破られれば、先程の魔石の取引は解消。その条件でよろしいですか?」


「ああ、それで構わない」


 娘は顔を覆う深緑色の布に、鹿革の手袋を嵌めた手を掛け、そのフードを脱ぎ去った。

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