第13話 悪く思わないで

 銀のスキットルにそっと唇を添え蜂蜜酒ミードを口に含むと、この辺一帯に咲くレンゲに似た花の香りが鼻腔に抜け、舌馴染みの良い液体がすぃと喉を通る。


 水と蜂蜜と酵母で作った手製の蜂蜜酒は、娘にとっては水や食料と同じである。しかし慣れない者が飲めば、急速な体の回復を促す代わりに抗えない睡魔に襲われる。


 実際、騎士とヒーラーの二人はたった三口で、遊び疲れた子供のようにコクンと眠りに落ちてしまった。今、二人は折り重なるようにして眠っている。


 朝目覚めればきっとこの酒で眠らされたのだと気付くだろう。

 でも、悪く思わないでほしい。

 どのくらい信用できるのか、まだ分からないから。

 

 娘は向かいで眠る二人のために、火に薪をくべた。


 薪をくべると城の大釜を思い出す。昼夜問わず赤く燃え続ける炎。揺らめく炎は懐かしい。けれど、胸を満たす感情は郷愁ばかりではなかった。


 命を狙われ城を抜け出し、湖を越えて生き延びた。その後も城の内情は大きく変化し続けている。真実の糸は捻じれて、更に捻じれて、それがもうすぐ玉を結ぼうとしている。


 それを解けるのは――正せるのは、恐らく自分一人だけ。真実を知り、それを示そうとする者が、他にいないのだから。


 残された時間はあとひと月。未だ城にも辿り着けない状態で、舞台に躍り出て大鉈を振るおうと考えるのは、荒唐無稽というものだろうか。そんなことで、果たして本当に自分に成すべきことが成せるだろうか。


 城の状況を知らされた時から、衝動に突き動かされ、日を追う毎に焦燥感に襲われ、そして自分に対する懐疑が育っていった。夜中になると弱気の風に吹かれる事が多く、よく眠りもせずに朝を迎えた。


 今夜も同じような一夜を過ごすことになりそう――。


 娘が気もそぞろに小枝を炎に投げ入れる。すると、赤く燃える薪から火の粉が舞い飛び、パンッと音を立てて弾け散った。



 大きくいびきをかいて眠る騎士。

 静かに寝息を立てるヒーラー。


 出会ったばかりで、よく知りもしない二人。

 結局、報酬で釣ったようなもの。

 利害でつながった関係。

 家族でも友達でもない契約で結ばれた仲間。


 けれど、自分一人じゃないというだけで、

 随分気持ちが楽になっていることに気付く。


 自分がこんなにも頼るものを求めていたなんて、知らなかった。

 

 目を閉じて自分を嗤い、素直になって思う。


 この人達に出会えて、良かった――。

 

 

 

 結局その後も大して眠らずに焚火の面倒を見ながら考え事に耽た。ライアンとセージの二人は何度か寝がえりを打ち、今はばらけて眠っている。


 夜明け間近、空は白み始め、生成りのテントが白藍しらあいに明るむ。


 娘は時を測ったようにすっと立ち上がり、クロークの襟を正し、矢筒と弓を背負ってテントを後にした。

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