第14話 十三番目の空席
娘が二人と出会うひと月前、神界では最高神ダグダの城で神界会議が催された。地下にある一室は、だだっ広いフロアの中央に円卓が据えられ、そこに天井から光が落ちるばかりで周りはすっぽり闇に包まれている。
円卓には十三の席があり、これまでクレイルィが十二番目、アヴァグドゥが十三番目に着くのが常であった。しかしこの日は十三番目が空席で、十二番目にアヴァグドゥが座っていた。
神々は不信に思ったが誰もアヴァグドゥに声を掛けることはせず、理由が伝えられたのは会議が始まり、議題として新しい大釜の継承権が取り上げられた時だった。
「姉クレイルィが、毒を盛られ、消滅しました」
円卓を囲む神々は、アヴァグドゥの魔獣のような声で驚嘆の事実を聞かされ、揃って息を吞み、すぐにその場は騒然となった。
「何ということだ!」
「クレイルィが……!?」
「神界の宝が……!?」
「何があった、誰に殺られたのだ!?」
「直ちに詳しい説明を求める!」
神々が妾を殺されたかのように目を剝いて怒りを露にするのが、アヴァグドゥには滑稽に思えた。
「半月前、一際風の強かった日のことを覚えておりますでしょうか。あの日、召使いのモルダがクレイルィにワインを運んで以降、クレイルィが忽然と姿を消したのです。自室には机の上に飲みかけのワインボトル、カーペットの上に割れたワイングラスと擦れたワインのシミ。そして窓から冷たい風が吹き込むばかりでクレイルィの姿はありませんでした。城の中にも外にも姿が見えず、召使い達にクレイルィの行方を詰問したところ、その中の一人、モルダという人の子が罪を告白したのです。自分が毒を盛ってクレイルィを殺した、と」
「人の子!?」
「人の子だと!?」
「人の子が女神の子を!?」
神々の反応は最早悲鳴に近かった。
「はい。我々の城にはグウィオンとモルダという二人の人の子がおり、母ケリドウェンは二人に大釜で魔薬を作らせていたのです。しかし、グウィオンが魔薬の効能を奪い、ケリドウェンは怒り、グウィオンを執拗に追いかけたのです。あの日以来グウィオンは姿を見せません。ある筋から聞いた話では、ケリドウェンはグウィオンを食ったと」
「人食いの罪を犯したというのか!?」
アヴァグドゥは首肯する。
「なんてことだ、許しの心を持たぬ愚かな女神よ!」
「それが
「しかし、どうしてそれでクレイルィが殺されなければならぬのだ」
「確かにそうだ。クレイルィには何の罪もないではないか」
「モルダは、自分にとって一番大切なものを奪ったケリドウェンに復讐するため、ケリドウェンの一番大切なもの、即ちクレイルィの命を奪ったのです」
「復讐などと愚かな真似を!」
「よりによって神界の宝に矛先を向けるとは!」
「その者に直ちに刑罰を!!」
「十一の神々、今一度、落ち着いていただきたい。既にモルダは古城の地下牢で処刑を待つ身。焦らなくとも最高神ダグダ様によって相応の罰が与えられることでしょう。それより今は議題の途中。話を本題に戻しませんか。新しい大釜の継承権について決めなければなりません」
「ケリドウェンの消息が分からず、クレイルィもいなくなってしまったのならば、継承できるものはもうアヴァグドゥ、其方しかおらぬのではないか」
「そのお言葉、光栄にございます」
「いや待て。クレイルィの時も、ケリドウェンの失踪から一年後の継承という話だったはずだ。それまでにケリドウェンが帰城すれば大釜はこれまで通りケリドウェンに任せるのが筋ではないか」
「万一戻ったとしても、先程の話が真なら、ケリドウェンの神としての資質は疑わしい」
「ならばこうしよう――!」
混沌とした話し合いに太陽神ルグの一声が上がった。その場を取り仕切るようにもう一度落ち着いて呼び掛ける。
「十一の神々。こうしようではありませんか。ケリドウェンが不在となり一年となる日までケリドウェンの帰城を待つ。戻らなければアヴァグドゥに大釜を。戻れば神界審判の場でケリドウェンの神の資質を問い、その結果次第でどちらが大釜を司るに相応しいか、ダグダ様に決めていただく。いかがですか?」
神々は黙り込んだ。
大釜をアヴァグドゥのような醜く、特に秀でた才能もない者が継承するというのは由々しき事であり、可能性が残ることさえ望まぬ神が多かった。中にはルグのような青二才の提案に、面白くないという表情を隠さぬ者もいた。しかし、公明正大に異議を申し立てる者はなかった。
ケリドウェンの戻りを期待する空気が神々の間に充満していることを、アヴァグドゥも気付いていたが、最早そんなことはどうでもいい。ずっと欲しかったものがようやく手に入る。そう思って疑わず、充足感で満たされた。
大釜の女神ケリドウェンが突如として帰城したのは、
それから十日後の事である。
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