第29話 有罪の証明(3)
アヴァグドゥの浅黒く醜怪な顔に疑いと警戒の色が差す。それまで固唾を飲んで行方を見守っていた十一の神々からもざわめきが起こる。
「一体どうやって!?」
「有罪を証明する方法は!?」
アヴァグドゥは外野で興奮する神々を一瞥し、娘を心底憎たらしそうにギロリと睨みつけると、相手を握り潰すような声を絞り出して言った。
「やってみるがいい」
クロークの娘は花弁のような唇にふと微笑を浮かべ、クロークの胸に右手を差し込み一本のワインボトルを取り出す。瞬間、アヴァグドゥに動揺の色が浮かび上がった。
「その表情。これが何だかお分かりのようですね。その通り――。これはモルダが叡智の魔薬の残薬を入れた赤ワイン『冥界への旅立ち』です。ここへ来る途中でクレイルィの部屋から持ってきました。こんな不吉な名前のワイン、どのドメーヌもネゴシアンも作っておりません。世界に一本しかないモルダ手製のワインです」
娘は朗々と説明を述べながらアヴァグドゥに向かって歩み、腕を伸ばせば届きそうなところまで来て立ち止まる。
濃緑のワインボトルを突き付け、アヴァグドゥに問う。
「貴方はこれを、今ここで、飲めますか――?」
アヴァグドゥは額に玉の汗を浮かべ微動だにしない。すると神々から再び、今度はその意図について聞く声が飛んだ。
「どうしてそのワインを飲むことがアヴァグドゥの有罪を証明することに繋がるのだ?」
「クレイルィはそのワインで死ななかったのだろう?」
「無毒ではないのか?」
「いいえ。叡智の薬の残薬は猛毒。但し、殺しの罪を犯した者にとってのみ劇的に効くという特性があるのです。無実の者には全くの無毒。だからかつては罪を暴き制裁を加えるために用いられ、残薬の方が重宝された歴史のある代物なのです」
「ということはつまり」
十一の神が一斉にアヴァグドゥに視線を集める。
「はい。つまり、この場でこれを飲み、生きていれば無罪、死ねば有罪、ということです」
娘はワインボトルを一瞥し、視線を血に穢れた者に移して、スと目を眇めた。
次の瞬間、見開き、そして迫る。
「アヴァグドゥ! さあ今ここで、このワインを飲み、証明してください。貴方が無実であるということを――!」
アヴァグドゥは、今や額だけではなく顔面から首にかけてダラダラと滝のように汗を流し、肩で荒く呼吸しながら、娘の手からワインボトルを奪う。その暗色の瓶の口を凝視するが、持つ手が震えて焦点が定まらない。が、いざ覚悟を決め、ボトルを唇に付け傾けようとしたその時――
「おやめなさい!」
ケリドウェンの悲痛な声が上がった。
アヴァグドゥが顔を上げ、声の方に濁った瞳を向けると、深紅のドレスを纏った母が、真実を知りそれを受け入れなければならない苦痛の表情を浮かべていた。美しい翡翠の瞳は嘆きと憂いに満ちている。それがアヴァグドゥには何故か、死なないで――と訴えているように見えた。
どうしてそう見えたのか。
そう思いたかったのか。
一体どこにそんなものが残っていたのか、涙で目が潤んだ。
幼少から一人恵まれたクレイルィを恨み、名誉欲に侵され、母に神堕ちの烙印を押そうとした自分を――醜い姿で悪意に満ちた自分を、大事なクレイルィを殺した自分を、母が今更、許す理由はないのに――。
「もう、十分。そうやって躊躇っている時点で、貴方は罪を告白したようなものなのよ、アヴァグドゥ。馬鹿なことを、したわね……」
母に突き付けられた言葉に、アヴァグドゥは糸を切られた操り人形のようにガクリと頭を垂れた。
どさりと巨躯がその場に崩れ落ちる。
殺しに穢れたその手から、ワインボトルが転がり、中身がトクトクと床を赤く染めた。
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