第40話 神たる心の証明

 娘の玲瓏な声が静まり、ケリドウェンは自分も平伏すべき事に気付き、やや遅れて娘同様平伏する。


 ダグダ神が首肯するのを見て、ケリドウェンの娘は平伏から直り、今、身を低くしたばかりのケリドウェンに向かって革靴の踵を鳴らす。


 女神は娘が近付いて来るのを知りながら、動くこともできず、口を閉ざし、娘を見ることも拒んだ。その身を貶められ、弁論により崖っぷちまで追い込まれ、それを仕掛けた当人に助けられる屈辱を、これでもかという程味わっていた。


 しかし、約束は、約束だ。


「大釜の女神ケリドウェン――ここに貴女の神の技と身の潔白が証明されました。約束通り一つ願いを聞いていただけますか?」


 娘が静かに問いかける。


 ケリドウェンはダグダ神に平伏したまま、つぶやく。


「……御前の願いというのは、何……?」


「わたしに、名前をつけていただきたいのです」


 聞いた瞬間、鼻で笑った。


 この娘は、自分の命を狙う敵の陣に赴いて、そんなことを頼むためにここへ来たのか。あのまま神落ちにしたって良かったものを、たった一つ、そんな願いを叶えるために、叡智の限りを尽くしたというのか。


 女神は呆れたが、次の瞬間、唾を呑み、おとがいが強張るのを感じた。


 今、名付けようとして、娘が名付けを求める真の理由に気付いてしまった。


  この者を許さなければ名付けなどできない。


 名付け――それは許しの証。


 即ち『神たる心』の証明である。


 ケリドウェンは呆れて薄く笑った。


  この娘ときたら――この期に及んで、なんと強欲なことか。


 技と身の潔白は証明された。その上で、残る一つの係る事項『神たる心』は、己によって証明せよと、この娘はそう迫っているのだ。大釜の女神として再び生きるために――。


 そして、与えられた名前を以て娘は公に許され、命の危険は消えてなくなる。ずっと被っていなければならなかったフードを脱ぎ去り、その顔を晒して生きられる。


  成程、そのために娘はここへ来たのか。


  己の自由のために。


  それは確かに、命を賭す価値もあろう。



 平伏から直り、自分の娘と名乗る少女に向かう。


 じっと睨むように見つめた少女の翠色の瞳は見開かれ、金の虹彩が絞られている。それは正にアヴァグドゥに許しを求めた自分の瞳であった。


 この者を許すのは、自分が許されたいと願うから。ずっとそう願って来たから。


   与えよさらば与えられん――



「貴女の名前は―― タリエシンT a l i e s i n 」




   ―― 了 ―― 




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