第32話 係る者

 ケリドウェンとクロークの娘の間で、水火すいかの争いとも思える視線が行き来する中、円卓の神々の一人が夢から覚めたように、誰にともなく問いかけた。


「……係る者が不在となった今、神界審判はどうなるのだ……?」


 一人、また一人と口を開き、揉める。

 

「どうなるって、係る者が途中で退くなんてことは前代未聞だ」

「だからといって此処で止めるわけにはいかんだろう」

「当然だ。神たる資質の有無が証明されるまでは終われんぞ」

「代役を立てるのは?」

「係る者は係る事項に精通する者でなければならぬ。代役など今この場で立てられるわけがなかろう」


 これを聞いた娘はケリドウェンから視線を外し、十一の神々の方を向いた。


 娘には成すべきことが、あと一つ、残されていた。


 それを成すために、最初にすべきことは、もう決まっている。



「十一の神々――」

 

 再び、琴を爪弾くような一声に、辺りがシンと静まり返る。


「その役目、わたしではお役に立てないでしょうか」


「「「其方そなたが?」」」


「ええ」


「いやしかし、係る者は審判を受ける者をよく知り、その神たる資質を語れる者でなければならない」


「其方は確かにクレイルィの死については不思議な程詳細に知っていたが、此度こたびの審判や大釜の女神については、どれ程知っているというのか」


「アヴァグドゥと同等、いえ、ある意味ではそれ以上」


「少し待たぬか。我々は其方が何者なのかも未だ聞かされていないのだぞ? その声、そしてダグダ神にケリドウェンの娘と呼ばれながら、クレイルィではないようだ。せめてそのフードを取り、まずは己を明らかにするべきではないのか」


「おっしゃる通りです。これまでの非礼を御許しください」

 

 娘が語りながら、祭壇に向かって左手へと歩む。


「わたしが何者か知れれば、もしや成すべきことを成す前に、命を取られかねないと危惧しておりましたので――。でもどうやら、それは杞憂だったようです。その証拠にわたしはまだ、こうして此処に生きている」


「それはどういう――」


 十一の神々は娘の語りに興味を惹かれた。しかし、ケリドウェンには挑発としか思えない。細く整った眉を吊り上げる。


 娘の進行方向には先刻までアヴァグドゥが立っていた、審判を求める者の位置を示す光が、今は虚しくくうを照らしている。


 こぼれた光が、徐々に近付く娘の革靴に、クロークの裾に、鹿革の手袋を嵌めた手に、磨いた魔石で留めた襟そしてフードで覆われた顔にあたり、それぞれに色を与える。


 その滑るような頬、小さな顎、ガーベラのように可憐な唇。何処かで見たような錯覚を覚える輪郭――十一の神々は、娘がフードの縁に手を掛けるのを、瞬きもせずに注視する。その場に、これから見るものを期待するような、恐れるような緊張感が張り詰める。


 娘がフードを脱ぎ去り、首を一振り髪を整える。その容貌に刮目したのは十一の神々だけではなかった。ケリドウェンでさえ、思わず涙が溢れそうになる程、娘はクレイルィによく似ていた。髪が違っても、顔貌は正しく自分の愛した娘そのもの。


「……どうして……そんなことあるはずがないのに……」


「ふぅむ、変身魔法は感じられんな」

「ケリドウェンの縁者に間違いないようだ。だが、ケリドウェンに三人も子供がいたか?」

「いや、クレイルィとアヴァグドゥの二人だけのはず」

「其方は一体……」

「まさか、忌み子か!?」


「そのご質問には、願わくは審判に係る者として、お答えしたく存じます。それともやはり、わたしにその大役は務まらないでしょうか」


 それはもはや質問という形の強制であり、誰も異議を唱えることはできなかった。

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