第33話 身の潔白の証明
クロークの娘が係る者として認められ、神界審判は、隅に控えていた黒服の祭司により再び儀礼に則って再開した。
「それでは、審判を求める者から証言を」
娘が立ち上がり、革靴で一歩を歩む。祭壇の神に十字を切り、祈りを捧げてから口を開く。
「謹んで申し上げます―――今は亡きクレイルィが残した、遺作とも言うべき大釜を、その母ケリドウェンが司るに相応しいか否か――審判を受ける者の神たる資質『心・技・体』について、わたしの知るすべてをお話いたします。
旧大釜が大破した日の経緯は、今や下界にも広く伝わっております故ここにおられる神々も既にご存じのはず。そこで審議の焦点は、一粒の麦を、それが人の子と知りながら呑んだことが、人食いの罪に当たるのか否かということになりますね――これは神々の中でも意見の分かれるところかと存じます。
しかし、幸いなことに、今はその善悪をハッキリさせる方法がございます。この、モルダ手製のワインを飲み、冥界に誘われるか否か。まずはそれを試してみるというのはいかがでしょうか」
娘が発言を終わり一歩引く。
「審判を受ける者から証言を」
指名を受けてケリドウェンが立ち上がり、つま先で一歩前に出る。胸の前で十字を切り、祈りを捧げてから口を開く。
「最高神ダグダ様、謹んで申し上げます――わたくしは今の提案になんら臆する理由はございません。もし求められるのであれば、そのワイン一本、飲み干して御覧に入れましょう」
祭壇の神が首肯し、祭司が娘より『冥界への旅立ち』を受け取り、ケリドウェンの元へ運ぶ。
ケリドウェンは忌々し気に濃緑のワインボトルを引ったくり、アヴァグドゥと親子だとは思えない程潔く、一気にその中身を
女神は深紅の唇に微笑みを浮かべ、勝ち誇って言う。
「何を企んでいるかと思えば、こんなこと。わたくしの復讐を恐れて冥界送りにしたかったのでしょうけれど、残念だったわね」
しかし娘は落ち着いた表情で、鹿革の手袋を嵌めた手を挙げる。祭司がそれに対して首肯し発言を許す。
「どうやら、一粒の麦をそれが人の子と知りながら食べても、人食いの罪にはならないようですね。しかしそれは、叡智の魔薬が成功していたら、という条件の元に成り立つ仮説にすぎません」
「何ですって!? 何を今更――!」
祭司を無視して憤るケリドウェン。十一の神々から数名の手が挙がり、左から三番目の若神が、祭司の首肯で立ち上がる。燭台の蝋燭が強張った頬を照らし出す。血の気の多いその武神は、口を開く前に厚い胸板に大きな手を置き、高ぶった感情を押さえるが、それでも語気が強まることを禁じ得ない。
「そのワインは……
いくら醜怪でも不当に神堕ちにされるなど公平公正を重んじる武神が許せるはずもなかった。
「アヴァグドゥはそれを飲んでおりません――。彼を神堕ちに至らしめたのは他でもない彼の心です。モルダのワインは、ただその心を揺さぶったに過ぎない。結局この場にいる誰一人として、そのワインが咎人を殺すところを見ていないのです。ケリドウェンが飲んでも無害でした。けれどそれは、叡智の薬およびその残薬が失敗作だったとしても、得られる結果なのです」
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