第18話 三頭目の豚
地下牢の通路には両側の壁に真鍮の燭台が並んでいる。しかし灯りは弱く、奥に続くのはひたすら暗闇である。モルダが石の廊下をヒタヒタと歩む足取りは重く、冷気が膝の裏を通り腿へと這い上がる。体の震えが止まらない。この冷たさに、そして恐怖に侵されている。
小枝のように折れてしまいそうなモルダの手首には、縄がかけられている。縄は前方へと伸び、端は爪が長く緑色の気色悪い手の中に握られている。その手の主、守衛の精霊スプリガンは、精霊というよりも悪魔のように見えた。モルダは今、所刑場へと連れて行かれている。
『最高神ダグダの二匹の豚は食べても減らない。一頭が焼かれる間、もう一頭は次の自分の番を待つ』
下界にはそんな神話が伝わる。
モルダはクレイルィ殺しの罪で、これからその三頭目となることが決まった。
肉を焼かれ、食べられ、再生する。目の前で同朋が焼かれるのを見ながら、もう一頭はあたかもブランコに乗る順番を待つかのように、次に自分が焼かれ食べられる番を待つ。それを繰り返す。
狂気の沙汰だ。
永遠の業火に焼かれることすらまだ正気に思える程の、狂気の沙汰がそこにある。
モルダは恐怖する自分に酷く幻滅していた。自分はグウィオンの仇を打った。自分の正義を貫いた。その報いを受ける時は毅然と前を向いていたかった。
それなのに震えが止まらない。どんなに強く肩を押さえても震えが止まらないのだ。いっそ、クレイルィを殺した時に正気を失ってしまえればよかった。誰の死にも自分の死にも無痛でいられる程に壊れてしまえればよかった。
守衛の精霊は大きな石の扉の前までモルダを連れてきた。扉には大きな紋様が彫られている。円の中心に小円。小円に隣接する小円が三つ。互いに複数の曲線でぐるりと繋がり幾何学模様を成している。輪廻を象徴する無限ループの紋様だ。
爪の長い緑色の手が扉を押す。
モルダは息を吸い、己の定めを受け入れ、祈るように目を閉じた。
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