第35話 神たる技の証明(2)



「十一の神々――!」


 娘の再びの琴音に、ケリドウェンは顔を上げた。知らぬ間に俯き沈んでいたことに、その時になって初めて気付いた。娘の声は朗々と響く。


「下界には実しやかにこんな噂が囁かれます――叡智の薬は実は失敗作だった。何故なら、叡智の薬が成功していたならば、その叡智を受けたグウィオンが、麦になって食べられるなんて馬鹿な終わりを迎えるはずがない――と」


 ああ、と気付きを得たような声が円卓から漏れる。娘は構わず続ける。


「女神が怒り狂ってグウィオンを追いかけたのは、魔法を盗まれたからではない。大釜を司りし女神が魔薬を作って失敗する――そんな大恥を、人の子なんぞに知られてしまい、外に広まるのを恐れたからだ。そして女神は、麦になった彼を丸のみにした後、魔法を人の子に盗まれたことにして、魔薬が失敗作だった事実を隠した」


「確かに、見ようによってはそうも見える」

「まるで不思議絵のようだな。同じ絵が見る者によって全く異なる様に見える」

「我々が知るのは魔薬が成功していたことを前提にした話、下界の噂は魔薬が失敗していたことを前提にした話、ということか」


「その通りです」


「人間の噂話はでたらめです! 信じる価値もない。わたくしに大釜を使わせてくださるのなら、今からでも魔薬を作って差し上げます。叡智の魔薬でも何でも!」


 必死に訴えるケリドウェン、だが十一の神々からは渋い声が聞こえるばかりだった。


「継承者でない者が大釜を使うことは許されない」

「それに、叡智の魔薬は完成までに時を要する。そんなに待てはしない」


 神々がまばらに意見を口にする中、正式に手を挙げたのは、最初に麦を食うことが人食いにあたるのではと問うた頬の痩せこけた顎髭の老神である。祭司は首肯する。


「ワシは下界の噂を少し信じてみたくなるのお。ケリドウェンよ、ダグダ神に誓って正直に答えてほしいのだが……、其方は息子のアヴァグドゥに、これまで美貌の魔薬を作ったことはあるか?」


「……ございます」


「それをアヴァグドゥが飲んだことは?」


「……ございます」


 これを聞き、十一の神々の結論は、心の内で大きく片方に傾いた。ケリドウェンにはそれが見て取るようにわかった。自分が作った美貌の魔薬。それを飲んだ息子。しかしその息子は依然として醜い姿。効かない魔薬。それが、自分に魔薬を作る能力がないという証として使われたのだ。


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