ケリドウェンの娘~異世界で女神の娘が殺人事件をガチ証明!~
あしわらん
ケリドウェンの娘
第1話 名もなき騎士とヒーラーの会話
ここは酒場『ケルンの森』
人と情報の集まるギルド最寄りのダイナー。
今片付いたばかりの丸テーブルに、ギルド帰りの二人組が案内された。青い魔道服を纏い、縁なし眼鏡で眼光の鋭いヒーラーと、太陽のように明るく屈託のない笑顔の騎士。彼らは向かい合わせに椅子を引く。二人とも注文を済ませ、ヒーラーの方が先に口を開いた。
「なあ、お前はさっきの話、どう思う?」
「さっきって、あのナントカって魔薬のことか?」
「ナントカってな、お前」
「わり。あんまりよく聞いてなかった。どんな話だっけ? 俺、長い話苦手だから手短に頼むよ」
「しょうがねーな。今度はちゃんと聞いてろよ?」
ヒーラーは中指で縁なし眼鏡をクイと上げた。
「この国には多くの神々が存在するが、これから話すケリドウェンもそのうちの一人だ。ケリドウェンは月あるいは冥界の女神。魔力のある大釜を持っているから、人呼んで大釜の女神。
大釜の女神は醜く生まれた息子のために魔薬を作ることにした。それを飲めば「智恵」「学問」「霊感」の三つの叡智を授かるという薬だ。そいつは材料を魔法の大釜で一年と一日煮詰めて作る。
それがもうすぐ出来るぞって時だ。釜のかき混ぜ係グウィオンの指に魔薬が三滴撥ねた。グウィオンが咄嗟にそれを舐めると、魔法はグウィオンのものになってしまった。残った薬は毒となり、大釜は爆発、大破した。魔法によって叡智に目覚めたグウィオンは、命の危険を悟って城から逃げ出した。
息子に与えるはずの魔薬を奪われたケリドウェンは怒り心頭。地が揺るぐほど咆哮し、怒り狂ってグウィオンの後を追いかけた。
グウィオンが兎になって逃げれば女神は猟犬になり、鮭になればカワウソに、鳥になれば鷹に、麦になれば雌鶏になって、最後はその麦をついばんで食べちまった――って話さ」
「お待たせしましたー」の声と同時に、二つのビールジョッキが目の前に置かれた。騎士は取っ手をひっ掴んでヒーラーと乾杯し、琥珀色の液体をグイグイと一気にあおる。
ホップの香りと喉越しがたまらない。
「ぷはーっうめえ!!」
騎士が三分の一くらい減ったジョッキを掲げて歓喜の声を上げる。
「お前も飲めよ」
「飲んでるよ」
「本当かあ?」
騎士は疑わしげにヒーラーの顔を覗き込む。ヒーラーは自分が全く口をつけていなかったのに気が付いて、泡がジョッキを下回るだけ飲んだ。
「で? さっきの話がどうかした?」
「俺は、あの話を違う角度から見ているんだ」
「違う角度?」
「世間では、グウィオンに魔法を奪われたせいで残りの魔薬が毒に変わったと言われているが、俺はあの魔薬が元から失敗作だったんじゃないかって思ってる」
「失敗作? どうして?」
「理由は簡単。逃げようとして麦になるなんて、ただの馬鹿のやることだろ。魔薬で本当に全知全能になったなら、そんなもんになろうなんて考えるわけがない」
「ははっ、違いねぇ。俺だったら無敵の魔王に変身して、女神なんかちゃっちゃとやっつけてこの世界を無双するわ」
「魔王になって世界無双って……お前、厨二病か?」
「チューニ病?」
「東洋の流行り病だ。ある年齢に達すると誰でも罹り得るシンドローム。俺も詳しくは知らないが、重症化すると致命的らしいぞ」
「おいおい脅かすなよ」
「まあ、遠い国の話だ。俺達にはおよそ関係ないだろう」
「ならいいけど」
「で、俺はあの魔薬が失敗作だったと思うわけだ。出来た魔薬はただのちょっとした変身魔法。なれてせいぜい小動物。
魔法の大釜を司りし女神が全知全能の魔薬を作ろうとして、出来たのが誰でも作れる変身魔法でした、なんてあまりにも不名誉なことだろ? だが、それをグウィオンに知られてしまった。
だからケリドウェンは、魔法がグウィオンに奪われたことにして、魔薬が本当は出来損ないだったことを隠したんだ。真実を知るのはグウィオンただ一人。そいつを食っちまえば証拠隠滅、一件落着」
「それはまた大胆な新説だな。でも、筋は通ってる」
「だろ?」
「でもナンというか、グウィオンって奴は哀れだな。釜をかき混ぜ続ける人生。それも最期は主人に食われて終わりだなんて。自分の人生が幾分マシに思えてくるぜ」
ここは人と情報の集まるギルド最寄りのダイナー
酒場『ケルンの森』
今夜ここで語られた大釜の女神とグウィオンの神話が、
叡智を尽くしたケリドウェンの娘の、物語の始まりであった。
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