第45話 新たな旅へ
ヒーラーは見覚えのない高級宿のような部屋で目を覚ました。布団やシーツの生地は絹だろう。ベッドも質が良く、数日の疲労が随分取れた気がした。しかし現状把握をせずに、おちおちと寝てはいられない。
急に起き上がろうとして首筋に激痛を覚える。
「いっ……てぇ」
反射的に痛みの元に手をやると、指先がやや膨らんだ痣に触れる。痛みに顔をしかめながら、
痛みが引いて溜息を落とし、体を起こして立ち上がろうとした。が、その時、自分が衣服を一才身に着けていないことに愕然とする。
服がない。
どこにもない。
ヒーラーは急に上がった心拍数を理性で整え、自分を落ち着かせつつ最後の記憶を手繰り寄せる。
魔物を討伐しながら森の復路を進んでいたが、娘を欠いたパーティーでは思うように行かず苦戦を強いられた。そこへ不意に不吉の精霊首なし騎士のデュラハーンが現れ、迂闊にも目が合ってしまったのだ。瞬間、血糊で視界を奪われ、
あのまま外に放置されていたら凍死していたはずだが、誰か人でも通りかかったのだろうか。いや、それはない。あの時まだ
じゃあ誰が――?
此処は一体、どこだ――?
細長い窓を見れば、どうやら外は石城の中庭らしい。
ヒーラーはベッドの縁に腰かけてパチパチと暖炉の火が焚ける音を聞いた。
個室に暖炉があるなんてどこの宿だ?
いや、そもそも石造りの宿なんて街にはない。
だとすると、ここは本物の石城だ。
となれば、考え得る場所はたった一つしかない。
ここは、ケリドウェン城――。
ヒーラーは布団から白布を一枚引き抜き腰に巻いて立ち上がる。
すると、背後でモゾモゾと何かが蠢き、ヒーラーはぎょっとして振り返った。
「な……っ」
さっきまで自分が横になっていた所に、間抜け面でよだれを垂らした騎士ライアンが寝息を立てている。恐ろしいことには、掛け布団の上に伸びる逞しい腕も、その根元であるガッシリした肩も、布一枚すら纏っていない。
ヒーラーは今まで自分が騎士と裸で寝床を共にしていたことに青褪め、眩暈と同時に崩れ落ちる。その時だった。
バンッ――!
大きく開いた扉から、一人の娘が飛び込んできた。
ヘーゼルブラウンの美しい髪を振り乱しながら両手を広げて現れた娘は、女神のように美しい顔に金の差す翠の瞳を潤ませ、ガーベラのような大輪の笑顔を咲かせていた。
その装いは、これまでその
セージはその姿に目を丸くしたが、それは娘も同じだった。
「はぁっ! ご、ごめんなさいっ!」
娘は飛び込んだ勢いを数歩で殺すと、風が巻くほど勢いよくクルリと後ろを向いた。
セージはそんな娘を訝し気に見るが、娘と自分と騎士の位置関係を鑑みれば、娘の思考を読むのは容易かった。
「あのな、これは」
「す、すみません! わたし、ひと月も一緒にいたのに、お二人がそういう関係だったとは知らなくて!」
「おい」
「大丈夫です。わたしそういうの理解ある方ですから」
「話を聞けよ」
「わたしのことは気にしないでください。ひと月もの間、我慢していらしたのでしょう? 本当にお邪魔してすみませんでし…んむ!」
娘がしゃべれなくなったのは、ヒーラーが後ろから娘の止まらない口を手のひらでふさいだからだ。鼻まで押さえられた娘は息ができず苦しいともがく。ヒーラーはしばらくそのままで、やっと手を放すと、娘が「ぷはぁっ」と盛大に息を吹き返す。娘はむせかえり、顔は真っ赤だった。ヒーラーを振り返り怒る。
「なにするんですか、セージさん!! 危うく死ぬところでしたよ、もう!!」
「ん……あれ、シス……? 今、シスの声がしたような気がする」
その声で目を覚ましたライアンが、目をこすって騒ぎの元を見ると、娘が真っ赤な顔で、半裸のセージの胸をポカスカと殴っていた。やがてその手が止まり、娘がセージをハグすると、それに応じるようにセージも娘の背中に片手を回す。
「うえぇぇぇえっ!」
ライアンは思わず叫んで飛び起きる。
騎士が起きたことに気が付く二人。
ライアンは申し訳なさそうに言う。
「ご、ごめん。オレ、二人がそういう関係だったなんて全然知らなかった。おぉオレ、どっか行ってるよ。オレのことはホント気にしないで、どうぞ、ごゆっくり」
慌てて布団から出ようとするライアンを、セージが鋭く止める。
「おい、今布団から出たら殺すぞ!」
ピタリと動きを止める騎士。
「よぉし、そうだ、そのままゆっくり元の体勢に戻れ。そしてむこう向いてもっぺん寝てろ」
まるで興奮した犯人か猛獣を落ち着かせるような物言いに、騎士は言われるがままに背を向いて布団にもぐってから、自分が全裸だということに気付く。背後では娘とヒーラーが何か話しているが、この格好では出ていくことができない。
二人の話がつくまでの、ほんの二、三分が、やけに長く感じられた。話し声が止み、ガサゴソと物音、扉の方で金属音もする。耳をそばだてて聞いていると、突然布団の上に何かがバサリと投げられた。一体何かと思いながらも下手に露出しないよう慎重に半身を起こして確認すると、それは装備の下に着ていた白いTシャツと生成りのズボン。
「着替えろ。今すぐ出発だ」
「出発……?」
魔道服に着替えたライアンが腕を組み、ポカンとする騎士を見下ろす。その隣には微笑んで立つ娘。両者の顔は恋人同士ではない。再会を喜び、再結成を契った戦友の顔だ。
互いに以心伝心する。
またこの三人で魔物を討伐するのだ。
喜びと興奮で全身の血が騒ぐ。
それは抑えきれない歓喜の咆哮となって炸裂した。
「うぉっしゃああああああああ!」
*
娘の悲鳴が響き渡り、ヒーラーの蹴りが騎士の脇腹に突き刺さったのは、そのすぐあとのこと。三人が再び森を抜け、街でモルダと再会するのは、その二十日後のことであった。
― 了 ―
ケリドウェンの娘~異世界で女神の娘が殺人事件をガチ証明!~ あしわらん @ashiwaran
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