第26話 鍵の陣
女神に哀れみの目を向けていた少数派の神々も、もはやこれまでと見限ろうとしていたその時、天から一陣の風が吹き、燭台の蝋燭を揺らした。
十一の神々はすかさず頭上を振り仰いだ。この風は来訪者が現れる前の兆候。自分達も同様の手段でここに集ったのだからそうと分かる。
闇の中に突如として開かれた陣。黄金に輝く円は、丁度円卓に収まるくらいの大きさで、内側には螺旋の紋様――右回りに七、左回りに十一、原基九九.五度の
何者だ――――?
招待を受けた神々は既にこの場に揃っている。呼ばれてもいない者が、まして神界審判の最中に来訪するなど、尋常の沙汰ではない。どんな常識外れの痴れ者だ。
しかし鍵の陣を開いたということは、それを生成するための詩吟を知っているということだ。すなわち、これからやって来るのは神々の同朋でしかあり得ない。
だがそれには無理がある。なぜなら、ここにいる全ての者を除いて、該当する者はたった一人しかいない。そしてその者は既にこの世に存在しないのだから。
まさか、そんなはずは――――。
各々が思い、ケリドウェンは一縷の希望を見出し泣き腫らした顔を上げた。
全ての者が刮目する中、陣の中心を突き破り、落下の速度で床に降り立つ来訪者。陣は役目を果たしてすぐに霧散し、クロークを纏った何者かと円卓に、再び暗闇が落ちる。
「何事ですか!?」
祭司が思わず声を上げる。
「騒がせて申し訳ありません」
たったそれだけ、琴の弦を爪弾いたかのような雅声が、神々の心を魅了する。
この声にして鍵の詩吟を知る者――となれば、他の誰がいようか。神々は一瞬にして疑うことを忘れた。
「クレイルィ……!!」
「おおクレイルィ、生きておったのか」
「死んだと聞かされていたが、何かの間違いであったのだな」
「言えない事情があったにしても、誠に心配したではないか」
「無事で何よりだ、クレイルィ」
歓喜に湧く神々に応じるよりも先に、クロークの娘は床に平伏した。
「最高神ダグダ様、神界審判の場をこのように荒らすことになり、誠に申し訳ございません。此処に謹んでお詫び申し上げます」
『ケリドウェンの娘よ。
「はい」
娘は皆が注目する中、前方より円卓の外側へ抜け、祭壇の方へと歩いて行く。
一歩一歩ゆっくりと近付いて来る娘に、たまらなくなったケリドウェンは、自らの立場も忘れて駆け出した。クロークの娘に走り寄り、その腕に娘を抱きしめる。
「嗚呼、クレイルィ……!! 戻ってきてくれたのね。貴女は母の宝です。もう二度と消えたりしないで」
ケリドウェンは悲しみの淵から救われた。これでたとえ神堕ちになったとしても、娘が生きているというだけで救われる。どんな愚弄にも侮蔑にも耐えられる。
喜びに震える母に抱きすくめられる娘。祭壇の下にいる者全てが二人の光景を見て目に涙を浮かべた。たった一人を除いて――。
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