8 心当たり

 とても。

 とても強い眼差しだった。


 それこそたった1パーセントの成功率。

 加えてそこを超えても誰も自分の事なんて覚えていない。

 そんな条件でも行動に移してしまいそうな、どこか既視感を覚える危うさ。


「悪い。俺はそういうやり方しかないって事位しか知らねえんだ。詳しい話は公にされてねえ」


 良かったと内心安堵する。

 もし自分がある程度深い情報を持って居たら、それを吐かされるまで問い詰められていたかもしれない。

 それだけ少女からは強い意思と危うさを感じる。


「ならもっと詳しい人間を紹介してくれ! 私はどんな……どんな危険を冒してでも帰らなければならないんだ!」


「……」


 言えない。

 秋山が知っている僅かな情報ですら、目の前の少女には与えてはいけないと脳が警告を出している。

 ほんの僅かな情報でも、彼女は止まる事なく進んで行ってしまうのではないかと思ったから。


「……それすら教えてはくれない、か。まあきっとそれが正常な判断だ。全くの別件で99パーセント死ぬような行動を取ろうとする人間が居たら、私なら止めるから」


 言いながら彼女は一歩前へと踏み出して言う。


「だがそれでも今の私は知らなければならないんだ」


 この場で情報を得られないのであれば場所を変える。

 足で探す。

 その為に。


 だがそう言って歩き出した少女の手をアルバートが咄嗟に掴んだ。


「駄目だ!」


「……ッ!?」


「無茶な事を言っているのは重々承知だ! だが落ちつけ! 落ち着いて考えてくれ! お前だけは博打を打ってはいけないんだ! お前の代わりはいないんだからな!」


 柄にもなく全く落ち着きのない声音で紡がれた言葉。

 その言葉に少女は反応する。


「……改めてだが聞かせてくれ。あなたは私とどういう関係なんだ。きっと嘘は言っていない彼の言葉を鵜呑みにするなら、私を知っているあなたは同じ世界の人間なのだろう? それも本気で私の身を案じてくれている声音だ」


 放してくれとは言わずに、そんな問いを。


「申し訳ないが私はあなたの事を存じ上げない。だから……これから知ろう。教えてくれ……あなたは一体どこの誰なんだ」


「……俺は…………ッ」


 アルバートは再び言葉を詰まらせる。

 結局振り出しに戻った。

 ある程度の情報を既に秋山が告げてはいるが、それでも再び現実を突きつけるか否かの場面に立たされる。


 だがそれでも、今度はどこか覚悟を決めたように。

 そして諦めたように口を開いた。


「……俺はお前の前任だよ」


「前任? なんの事だ」


「三年前の状況が変わっていないのだとすれば……そして俺の代わりを務める人間の予測が間違っていなければ。お前は今現政権を打倒すレジスタンスのリーダーを担っている筈だ」


「あ、ああ…………いや、でも待て、どういう事だ?」


 そう頷いた少女は困惑するようにそう言ってから間を空けて……それでもなんとか言葉を紡ぐ。


「あなたは嘘を言っていない……だが、そんな筈は……最初から私がリーダーで……」


「つい数時間前まではそういう事になっていたんだろう。そして今はきっと別の誰かがお前の居たポジションに立っている筈だ……お前のようにうまく立ち回れるかは分からないが」


「それは……つまりどういう……」


 そしてアルバートは答えを告げる。


「この世界に連れて来られた人間は元の世界では最初から居なかった事になるという事だ。俺が消えて誰よりも……俺よりも優秀だったお前が俺のポジションを最初から担っていた事になった。そして今は誰かがお前の代わり。俺や……お前の身に起きた事というのはそういう事なんだ」


「そんな馬鹿な事が……」


「お前は人の感情を読み取ることに非常に長けている。嘘だって正確に見抜ける。だからそんな滅茶苦茶な事が事実だという事は容易に理解できる筈だ……納得は出来ないだろうが」


「……ッ」


 きっとアルバートの言う通りだ。

 おそらく少女は言われた事をちゃんと理解している。

 あまりにも突拍子のない理論が破綻したような滅茶苦茶な話が事実であると認識はしている筈だ。


 だがこの世界に来て素直に良かったと思える人間で無ければ、納得ができない事は一つや二つどころか無数に湧いて出てくるだろう。

 少女も、間違いなくそっち側の人間だ。


「……アルバートさんと言ったな。全くもって意味が分からないが、あなたの認識が間違っていないのだとすれば、あなたの言っている事は正しいのだろう。それは分かった……その点に関して言えばだが」


 そう言って少女は困惑は隠せていないものの、それでも強い眼差しをアルバートに向けて言った。


「だがあなたが前任だというならば何故止める! あなたが本当に前任ならあの国の置かれた状況はよく理解している筈だ! 例え最初から居ない存在になったとしても、やれる事はある筈だ! 僅かな可能性に賭けてでもやらなければならない事はある筈だ! これは博打の打ちどころでは無いのか!?」


「自分の価値を見誤るな! お前は……お前だけは、確実に帰らなければならないんだ! もっと……確実に……せめて少しでも可能性の高いやり方で……ッ!」


「だがそんな方法は……」


 少女はそう言いかけて……そして何かに気付いたようにハッとした表情を浮かべる。


「待て、アルバートさん……あなたは確信は無いだろうがそれでも、より確実な方法で帰る方法について心当たりがある。違うか?」


「いやいやそんなまさか……」


 秋山は思わずそう言いながら、アルバートに視線を向ける。

 そんな色々な前提が崩れるような事は、この人は知らないだろうしそもそも現時点で存在していないだろうと、そう考えながら。

 ……だが、そうとも言い切れないように思えた。


「……ッ」


 果たして今現在浮かべている困惑した表情は、本当にこれまでの事の延長線上にあるのだろうか?

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