6 邂逅
「驚く程あっさり借りられましたね」
「話が早くて助かるが、それで良いのかとため息を吐きたくなるよ」
安全運転で走行する装甲車に乗せられて保安課にやってきた秋山とアルバートは、驚く程簡単に目的を達成して庁舎を後にしようとしていた。
秋山の手元にあるのは薄手のライダースグローブのような物。
音声認識で電源が入り、設定した出力に応じて身体能力を引き上げてくれるパワードスーツならぬパワードグローブ。
保安課の訓練室で試しに使わせてもらい、そしてアルバートが今日色々試した結果を元に秋山専用の装備を作成するまでの繋ぎとして借りてきた代物だ。
そう、借りられた。
アルバートが基本外部への貸し出しは無理だが何とかする的な話をしていたにも関わらず、ほぼ二つ返事で向うの整備長からOKが出たのだ。
「古巣とはいえ色々と心配になってくるな。駄目だろそんな簡単に外部に武器流しちゃ」
「それだけアルバートさんが信頼されているんじゃないですか? 雰囲気も身内感凄かったし」
「だと良いんだが……いや良いのか? 昨日のチャカの申請がやたらスムーズだったのもそうだが俺はもう外部の人間なんだから。そういう事をするのは絶対良くなくないか?」
改めて溜息を吐くアルバート。
やろうとした事がスムーズにできているのにそういう事を言う生真面目さは素直に凄い人だなと思うしリスペクトしていきたいとも思う。
まあだからこそ見舞金開催の飲み会に普通に参加していた事が悪目立ちするのだけれど……それはさておき。
「でもとりあえず良かったです。これで何かあってもハルカに置いて行かれねえ」
「そうだな。見た感じお前は結構筋が良い。何かあってもある程度うまくやれるだろ。もしかしたら次は保安課からハルカとセットで呼ばれるかもな」
「どんと来い……ってちょっと待ってください。あっさり貸してくれたのってその為じゃ……確か早く新入りを使えるようにしておけって言われてたんですよね?」
「……否定できないのが色々な意味で嫌だな」
と、苦い表情を浮かべるアルバートの端末から着信音が鳴り響く。
「相談課からだな」
「何かあったんですかね?」
「あったんだろう。多分今日俺達に割り振られている仕事の話だ」
「ああ、成程。了解です」
今日自分達に割り振られている仕事が何かを思い返す。
新しく転移者が現れた場合の案内。
自分がアルバートやハルカにやって貰った事だ。
そしてアルバートは着信に応じる。
「もしもし……ああ。おそらくそうだろうなって話をマモルとしていた所だ。大丈夫、丁度保安課を出る所だからこのまますぐに向かう……了解」
一通りやり取りを終えたアルバートは通話を切りマモルに言う。
「予想的中だ。これから転移者の所に向かうぞ」
「はい」
言いながら手元の装備に視線を落とす。
「これ使うような事にならないと良いですけどね」
「そうだな。そうであって欲しいが……いつでも使えるような状態にはしておけ」
そう言うアルバートの声音はやや重く、その言葉が単に転移者と対する際のマニュアルを伝える旨の発言ではない事は容易に理解できた。
「……もしかして今回の転移者、俺とは違うタイプっぽい感じですか?」
「ああ。幸い暴れはしていないそうだが、随分混乱している様子でな。とにかく急ぐぞ」
そう言いながら駐車場に止めた装甲車の元に到着。
そそくさと乗り込み発進。
「急ぐぞっていう割に法定速度はしっかり守るんですね」
「この程度の事ではまだな」
「この程度……ですか」
「この程度だ。もしその転移者が暴れ出したりでもしたら話は別だがな」
それでも法定速度ギリギリで装甲車を走らせ、その間アルバートはその転移者の話をする。
「今回の転移者はお前位の歳の女の子らしい。なんでも帯刀していて血塗れの状態だそうだ」
「そ、それって誰か切って返り血浴びてるって事なんですかね?」
「本人がピンピンしているならそうだろうな。だがお前とは違い目を覚ます前に近くの店の従業員が保護していてくれたんだ。この世界の人間は殺していない」
「と、とはいえ人殺している可能性があるんですよね。結構ヤバい奴なんじゃ……」
「ま、人とは限らん。何かモンスターの様な存在を討伐した後かもしれないしな。それに……殺人を犯す人間が一律イカれた人間だったら、俺だってそうだという事になる」
「……なんかすみません」
「良い。理由はどうであれ胸を張れるような事ではないからな……とにかく、混乱してはいるものの得物を振り回したりはしていないのならそこまでヤバい奴ではないだろう。多分な」
「だと良いですね」
「ああ」
そんなやり取りを交わしながらしばらく走行していると、やがて現場付近に辿り着く。
先日秋山が目を覚ました地点の近くだ。
その周辺のコインパーキングに装甲車を止め、既に修繕に取り掛かっている先日のラーメン屋の前を通りすぎしばらくして目的地へと到着。
「此処だ。此処で転移者を保護してもらっている」
「えーっと、見た感じ此処は飲食店なんですかね。何屋?」
「ベベポパッチーノ専門店だな」
「ベベポ……なんです?」
「その話はまた後でだ。とりあえず此処から先、大体の事は俺がやる。お前は見て学べそうな事を学んでもらえればそれでいい。いざとなったら手は借りるがな」
「しっかり勉強させてもらいますよ」
そんなやり取りを交わしながら二人は店内へと足を踏み入れ、アルバートが入り口付近にあるレジの二十代半ば程の女性スタッフに声を掛ける。
「ごめんください、相談課の者ですが」
「ああ、お待ちしてましたよ……ってアルバートさんだ。また担当外の仕事やってるんですか?」
「深刻な人手不足だからな。ああ、こっちは深刻な人手不足の相談課の新人だ」
「秋山衛です。新人ですよろしくお願いします」
「よろしく。あ、これよかったらクーポン券」
「あ、どうも」
流れでベベポパッチーノとかいう謎の食べ物を提供している飲食店のクーポン券を受け取る秋山を尻目に、アルバートは女性スタッフに問いかける。
「とりあえずマモルには今度食べに来させるんで今は本題を。転移者の女の子は今どこに?」
「バックヤードの休憩室に居て貰ってます。流石にウチも飲食店なんで血塗れの子を店の席に座らせておくのは衛生面的にちょっとって感じなので」
「ですよね。毎度毎度ご協力感謝致します」
「いえいえ。協力金も頂いてますし、過去にウチもお世話になった身ですから。その節はご迷惑をおかけしました」
「いえいえ」
そんな風になれたやり取りを交わした後、スタッフに促されてバックヤードへと向かった。
そしてその先で、落ち着かない様子でパイプ椅子に座る少女を視界に捉えた。
おそらく秋山と同年代で、銀髪の長い髪や衣服が血に染まっている。
(……この子か)
秋山がそう思った次の瞬間には少女の方もこちらを視界に捉え、勢いよく立ち上がるとこちらに駆け寄ってくる。
そして……両手でアルバートの服を掴んで言った。
「この状況を説明してくれる人間が来ると店の者に聞いた! あなた達がそうなのか!? 此処はどこだ! 何をどうしたら元の場所へ戻れる! 私はすぐに戻らなければならないんだ!」
(……成程、俺とは全然違うな)
風貌や言葉から察するに何かと戦っていたのだろう。
そしてその途中だった為すぐに戻らないといけない。
多分そんな感じで、元の世界に戻る意思が全くなかった自分とは真逆だ。
そして真逆だからこそ、昨日の孤児院の子供と同じで自分には適切な言葉を掛けてあげられない。
そもそも適切な言葉なんてあるのかも分からないが……今回は色々と学ばせてもらおう。
そう考えて、アルバートの言葉を待った。
思考し、待つだけの大きなウエイトが発生した。
「……ちょっと待て、なんの冗談だ」
そしてようやく紡がれたのは……そんな、少し震えた声音。
そんな似合わない声を漏らしたアルバートは、勢い任せで少女の両肩を掴んで叫んだ。
「どうしてお前が此処に居る! お前だけは此処に居ちゃいけないだろう!」
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