7 託された者
「……ッ!」
突然肩を捕まえ大声を上げられ、驚くように怯えるように少女は肩を震わせる。
「ちょ、アルバートさん、何やってんですか!」
「……ッ!?」
流石に見ていられなくて咄嗟にアルバートの両腕に手を回し、無理矢理引きはがす。
そして秋山の介入で多少は我に帰れたのか、一瞬強く感じられた抵抗は自然と弱くなっていく。
「マモル……す、すまん、少々取り乱した」
「少々なんてもんじゃないですよ、一体どうしたんですかマジで」
言いながら拘束を解き、その場にへたり込んだ少女との間に入ってアルバートに視線を向けると……やはり少々なんて柔い話ではないなという事は追い打ちのように理解できる。
普段の落ち着いた様子とは打って変わって困惑一色に歪んでいて、血の気が引いたように生気を感じられない。
まるで別人を前にしているようだった。
そして昨日の飲み会でのやり取りがフラッシュバックしてくる。
『居たんだよ。俺の代わりをできる奴が』
そんな安堵に満ち溢れた言葉が。
(……もしかして、あの時言ってた子か?)
アルバートは明らかにこの血塗れの少女の事を知っていて、そして視覚から得られる情報は事前にアルバートから聞いていた話と一致していて。
だとすればその反応にも納得だ。
きっとこの少女の存在はアルバートにとって精神安定剤のように作用していた筈だろうから。
この少女に全部託したつもりで今までこの世界で生きてきたのだろうから。
そしてそんな少女はゆっくりと立ち上がりながら言う。
「……そうだな。此処がどこかは分からないが、間違いなく私が居るべき場所では無いのだろう。あなたの言う通りだな」
その声音は先程よりは落ち着いている様子だった。
まるで自分よりも取り乱した相手を見て冷静になったように。それだけアルバートは動揺している。
そして極力落ち着いた様子で少女はアルバートに対して言った。
「だからこそ教えてくれないか? 此処は一体何処なのか。どうすれば私のいるべき所に戻れるのか。そして……私を見て顔を歪ませたあなたが一体誰なのかを」
「……ッ」
アルバートは言葉を詰まらせる。
それだけ酷な問いだと思った。
問題を先延ばしにした所で真実が伝わるのは時間の問題で。
だがそれでも現実を伝える事は、彼女が血塗れになってまでやっていた事を不本意な形で終わらせる事になるだろうから。
こんな形で終わらせてはいけない人間が、終わらせなければならないのだから。
現実を、受け入れなければいけないのだから。
「……話せないような事なのか?」
待てど暮らせど言葉が出てこないアルバートに対して少女が小首を傾げる。
そして一拍空けてから視線を秋山の方に向けてきた。
「見た所あなたはこの人の仲間のようだな。あなたは何か知っているのか?」
「……何か、ね」
少し迷った。
この状態のアルバートを差し置いて、第三者の自分が何かを言うべきなのかと。
それでも迷ったのは少しだけ。
(……やるしかねえか)
何をどうする事が正解なのか。
そもそも答えがある様な事なのかは分からない。
だけどいつまでもこの少女に何も伝えないで放置しておく訳にも行かなかったし、此処から先をアルバートに任せておく訳にもいかないと思ったから。
それに生活相談課の仕事が異世界からの転移者をサポートする事ならば、今のアルバートはサポートする側ではなくサポートされる側のように思えたから。
「一応ある程度は。何せ俺はアンタみたいな人間をサポートする生活相談課の人間だからな」
拙いながらも踏み込んでいこうと思う。
「おいマモ──」
「止めたきゃ止めてください。無関係な相手ならともかくこの人相手の場合、少なくとも俺の独断よりはアルバートさんの意見が尊重されるべきだと思いますから」
その言葉にアルバートは何も返さない。
結局自分から伝えられなくても伝えるべきだとは思っていたのかもしれない。
そして止められなかったという事は託されたと思っても良いだろう。
ならばなおの事、やれるだけの事はやらなければと強く思う。
「……やはりその人は私と無関係の人間ではなさそうだな」
「ああ、そういう事になる筈だ。まえにこの人が話していた事とアンタの存在が一致するからな。でもこの話は後な。もっと先に他の事を色々と話さねえと」
「他の事? ……というと私の置かれた状況のような事か」
「ああそれそれ。此処がどこでどうやったら戻れるか、みたいな話」
アルバートが告げられない、秋山とは真逆の人間にとってはあまりに酷な話。
「まずこの世界はアンタが元居た世界とは違う世界。異世界って奴だ」
「……異世界?」
「まあピンと来ねえのは分かるよ。俺も一連の出来事を最初全部夢だと思ってたしな。でも夢じゃねえんだ。なんか世界って一杯あるみたいでよ、この世界は各々の世界で生まれてくる筈のなかった人間が……まあ言い方はわりいけど、拉致られてくる世界って感じだ」
「……よ、良く分からんな。なんだその……生まれてくる筈の無かった人間というのは」
「正直その辺は深く考えなくていいと思う。自覚があるような奴ならともかく、そうでなけりゃただ理不尽な話でしかねえしな」
「……ああ、そうするよ。気にならないと言われれば物凄い嘘になるが、そこまで重要視する事ではないからな」
だろうなと思う。
きっとそんな事より、もっと意識を向けるべき事がある筈だから。
「それよりどうすれば元の場所へ戻れるのか。何よりまず知らなければならないのはそれだ」
「帰る方法はねえよ」
「…………は?」
「この世界から元の世界に戻る為の方法は現状無いらしいぜ」
呆気に取られたように間の抜けた声を出す少女に、オブラートに包まず言葉を紡ぐ。
「それを探す為に研究とかをしている人達も居るらしいけどよ、その人らの研究で帰ったりできるようになるのがいつになるかは分からねえ。アンタがすぐに帰りてえのは何となく分かるけどさ、今はとりあえずこの世界で生きていく事を考えた方が良い。その為に俺達は──」
「何故そんな嘘を吐くんだ?」
話に割り込むように、少女は見透かしたような視線を秋山に向けて言う。
「直前までの会話で嘘を吐いている素振りなどは見えなかった。だからあなたやその人が私の敵でない事は理解しているつもりだ。だが、今の帰れないという一連の話は嘘に塗れていた」
「は、何言ってんだ俺は嘘なんて……」
言いながら、それでも確かに嘘を吐いていた事を自覚した。
(まあ確かに……帰る方法が全くねえって訳じゃねえもんな)
選択肢に入れてはいけないようなやり方ならば、確かに帰る事が出来る。
(……つーかなんで嘘だって分かった。こっちは嘘ついてる自覚すらなかったのに)
そんな疑問が沸いて来るも、その辺りは『そういう事ができる奴』なのだろうという仮定で納得が出来た。
ダンプカーに跳ねられて無傷の自分の方がよっぽどおかしい。
「……わりいな。嘘吐くつもりは無かったんだ。自然と選択肢から外れていたっつーか……まあ、外さねえといけねえようなやり方しかねえんだよ。99パーセント死ぬようなやり方しかねえんだ。元の世界に戻る方法なんて」
「教えてくれ」
言いながら歩み寄ってきた少女は、秋山の服を両手で掴んで言う。
「教えてくれ……頼むから」
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