5 元の世界への戻り方

 一方ハルカは区役所の駐車場に放置して帰ったスクーターを回収し呼び出し場所へと向かう。


(……よりにもよって、とんでもない所で事件が起きちゃったな)


 今回強盗殺人が行われたのは転移研だ。

 何者かによって異世界へと飛ぶための装置一式に加えて最新の研究資料が盗まれた。

 今朝色々とあったこのタイミングでだ。


(……連絡来たのが秋山君がいないタイミングで良かったな)


 もしこの話を知られたら間違いなく心配を掛ける。

 心配をしてくれる。


 そうしてそんな秋山の事を考えながら、もしもの時の事を考えた。

 秋山が危惧しているであろう、投身自殺の様な世界を渡る術を手にしてしまった場合の話。


 実際馬鹿げているとは思う。

 大事な目的があるとはいえ命を投げ捨てるような行為は簡単な事では無いし、秋山がそれを止めて欲しいと思っているなら尚更その選択は駄目だとは思う。


 だけど存在しなくなった筈の自分という存在に関する記憶を取り戻させる事ができる可能性があると分かった今、ずっとその選択肢を払拭しきれていないのも事実で。

 もしもの時に自分が何をするのかというのは自分でも分からないのだ。


 今馬鹿げていると思うのはその手段が手元に無い状態で導き出している考えで。

 実際馬鹿げていると思っている精神状態の今ですら、秋山を始めとした皆からどこかおかしいと思われてしまっているのだから。


(……自分を強く持たないと)


 誤った選択をしてしまわないように。

 悲しませたくない人を悲しませてしまわないように。


 と、そんな事を考えていた所で目的地。

 保安課の人間との合流場所へと到着する。


「来たな見舞金泥棒」


 合流地点の公園でジュースを飲んでいたクールな雰囲気の同年代程の女性に声を掛けられる。


 アカネ。

 保安課特務二班の若き班長だ。


「見舞金泥棒は失礼じゃん。確かにちょっと貰い過ぎたかもしれないけど、実際大怪我したのは間違いないし、今だって鎮痛剤飲んでやっと動いてるんだから」


「……ちなみに渡した金はまだ取ってあるのか? それとも何かに使い込んだか?」


「知ってるかもだけど昨日ウチに新人が入って。その歓迎会の予算の足しにしたんだ」


「成程歓迎会の予算にな……は? え、ちょ……えぇ……せ、せめて自分の為に使え! 怪我したなら尚更自分の為に使え! くそぉ、相談課の連中一体何考えてるんだ……と、というかアルバートさんは! あの人止めなかったのか!?」


「アルバートさん飲み会とか好きだから」


「くそぅ、腐ったミカンみたいな部署だな! あの真面目なアルバートさんがそんな事に……」


 そう言って頭を抱えるアカネは、頭を抱えたまま言う。


「というか普通に鎮痛剤飲んで動いているような感じなら帰っても大丈夫だぞ。見舞金せびりに来た時程じゃなくても普通にそれだけの怪我を負ってるなら流石に危険な事に付き合わせられん」


「どしたの急に優しいじゃん」


「急にって私はいつも優しいだろ。ほら、お前が金欠の時たまにご飯連れて行ってるだろうが」


「金欠の原因保安課に罰金取られてるからってのが大きいんですけど」


「それお前が交通違反するからだろ。頼むから安全運転してくれ事故起こす前に。ちゃんと速度制限守ってヘルメット被って、一時停止をしっかり守る。これだけの話だろぉ……まあとにかく、そんな訳で安全運転で帰った帰った。こっちは私がやっておくから」


「いや、良いよ手伝う」


「え、大丈夫なのか?」


「薬も効いてるしね。ちゃんと余分に貰った見舞金の分位は働きまーす」


 実を言うといくら保安課相手でも若干申し訳なくは思っていたし、こうして普通に心配されると断りにくい。

 そもそも仕事抜きにしたらアカネは普通に友人なので余計にだ。


「そ、そうか。無理するなよ」


「じゃあ無理させないでよ」


「善処する」


 とはいえ人員が足りなくて無理して頑張った上で、それでもどうしても人手が足りないから自分が呼ばれているのは分かっているから、適度に無理はしなければいけないなとは思う。

 そして無理する覚悟を固めた所で、アカネに改めて問いかける。


「で、これから何をどうするんだっけ?」


「事前に軽く説明した通り、転移研から逃げた犯人を捜す」


「まさか区内全域虱潰しって訳じゃないよね?」


「流石にな。だからこの段階でお前を呼んでる」


 アカネは持っていた缶を近くのごみ箱に投げ入れてから言う。


「転移研から持ち出したブツには発信機が付いているんだ」


「なんだじゃあ位置情報分かるじゃん。それって探すって言わなくない?」


「だと良かったんだがな。現在同一の信号が十数個、区内をそれぞれ移動しているんだ」


「デコイって奴?」


「そういう事。だから私達は今動かせる人員で二人一組を作ってそれぞれいくつかの反応を担当して本物を探している」


「で、アカネのペアが私と……ていうか転移研の警備突破するような連中相手に二人一組って少なくない? 私達はともかく他大丈夫?」


「大丈夫な訳があるか。できれば四人一組位にしたい……だが何かをされてからでは遅いからな。危ない橋を渡っていくしかないのさ」


「何か……ね。その人達が飛ぶのに失敗して死んじゃうとか?」


「それで済むなら別に良い。言い方は悪いがそれは自業自得って奴だろう……だけど、それで済まない可能性もあるんだ」


 そしてアカネは少し悩むような仕草を見せた後、静かにハルカに言う。


「今から言う事、他言無用で頼む」


 いつになく真剣な表情のアカネの言葉に頷くと、アカネは一拍空けてから口を開く。


「転移研の研究成果はあまり表には出てこない。それは無理な転移を実行して犠牲者を出さない為でもあるが……もう一つ、大規模なテロを未然に防ぐという目的があるんだ」


「大規模なテロ?」


「転移研はもう見付けているんだよ。成功率が著しく低いが元の世界へと戻る為の手段ともう一つ……大きな犠牲を払って確実に元の世界へと戻る手段って奴を」


「……え?」


 思わず間の抜けた声が出た。


 確実に元の世界に戻る手段が……存在する。

 その言葉が詳細を聞く前から脳内をぐるぐると回り続ける。


 大規模なテロ。

 大きな犠牲。

 そんな物騒な単語が添えられていてもだ。


「続きは移動しながらだ。すぐそこに車を泊めてある。移動しながら話すよ」


「う、うん」


 思考が真っ白になりかけながらもそう頷き、少し移動しながら軽く息と思考を整える。


(……駄目だ、落ち着け私)


 その手段の詳細は分からなくても、それに手を出してはいけない。

 自分だけを犠牲にして飛ぶのならともかくそれだけは絶対に駄目だ。


 そう言い聞かせて。

 言い聞かせて。

 言い聞かせて。


 自分を犠牲にして飛ぶのはまだ良いと自然と納得しそうになった自分に気付く。


(それも……それも駄目だ)


 今朝そういう話を秋山としたばかりだ。


「……なあハルカ。お前本当に大丈夫か?」


 そして自身の動揺はアカネにも伝わっていたらしく、少し心配そうに尋ねてくる。


「う、うん大丈夫。ほら、二人でも人員少ないのに一人はマズイでしょ」


「まあな。部下から頼むから絶対一人で動くなよって滅茶苦茶言われまくった」


「どっちが上司か分からないね」


 言いながら止めてあった警察課の装甲車に乗り込み、改めて呼吸を整える。


(ほんと……自分を強く持たないと。おかしな事をしてしまわないように)


 そしてシートベルトを締めるアカネに尋ねる。きっと事件の詳細を知る為に。


「それでその戻る手段ってのは?」


「この世界そのものの破壊」


「……へ?」


「具体的に何がどうなればそういう事になるのかは分からんが、今回の一件で我々に情報を提供した転移研の人間曰くしっかりと下準備をした上で適切な手順を行えば理論上、この世界の異世界人は元の世界へと帰れるそうだ。そりゃ公表なんてできる訳が無い。多分公表した段階でこういう事が起きる」


「なるほど確かにテロだ……うん、それは駄目だね」


 半ば自分に言い聞かせるようにそう言った後、アカネに問いかける。


「でもそんな手段を握っている事、よく保安課に教えてくれたね。基本的に保安課でも転移研にはノータッチなんだよね?」


「まあな。だが転移研も大きな事件が起きないように公表していなかっただけだ。我々のような一部の人間に公表してでも事態の収束を図らなければならないのなら全力で協力してくれる」


「一部……か。もしかして保安課でも一部の人間しか知らない感じ」


「ああ。今回の捜査に関わっている人間にのみ情報が下りてる」


「それ保安課の私が捜査に加わったらまずいんじゃない?」


「お前は実質特務二班に組み込まれてるみたいなものだからな」


「えぇ……笑えないよそれ。で、逆に私だけでよかったの?」


「というと?」


「もし連中が実行しようとしているのが世界をぶっ壊す系の奴だったら本当に洒落にならない訳じゃん。だったら一人でも多く応援呼んだ方が良くない? 私以外の皆もそうだし……それに中央区の保安課とかにも声掛けたりさ」


「そうできるならそうしたい。だがそれこそ事が事だ。誰が敵になるか分からんからな……信頼できる人員だけで解決しなければ、全部終わったと思った矢先にドカンという事もありえる」


「私がドカンってやる可能性は?」


「何馬鹿な事を言ってるんだやらないだろお前は。その辺は信頼してる」


「まあね」


 言いながら思う。

 信頼した相手が実は危ないという可能性の実例が此処に居る以上、小規模で事を解決させなければならない。


 納得だ。

 本当にどうしようもない程に。


「まあそもそも中央区から応援を呼ぼうにも、向うは向うで今滅茶苦茶大きな山に当たっててな。ウチからも結構な人間が応援に行ってて人手不足の原因の一つに……ってこのタイミングを狙われたのかもしかして」


「かもね……本当に最悪なタイミングだよ」


 本当に、洒落にならない程に最悪なタイミングだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る