4 彼女を一人にさせない為に

 それから絶望的な量の仕事をある程度熟していき、10時過ぎに一旦小休憩を取る事にした。


「……よし、こういうシンプルな単語とかは翻訳しなくても読めるようになってきたな」


 じゃんけんをして負けた方が少し離れた所にある自販機で飲み物を買ってくるというゲームをハルカと行い敗北した秋山は、購入した缶ジュースに書かれた文字を読みながらそう呟く。


 正直頼まれた物をちゃんと買ってこれるか心配な部分もあったので一安心だ。

 ある程度缶のビジュアルで把握できるものの、それでも判断が難しい物もあるので、間違って例の辛いコーヒーとかを買ってしまうリスクもある。

 買ったら流石にキレられそう。

 と、ハルカがキレているイメージをしていると。


「お、どうしたハルカ。そんなに喉乾いてたのか?」


 事務所で待っている筈のハルカが小走りで廊下を走ってきた。


「いや、乾いてるけど違うよ。あ、飲み物は貰っとくね」


 秋山の前で一旦止まったハルカは、缶ジュースを受け取ってから言う。


「ごめん、ちょっと保安課から呼び出されたから行ってくる」


「なんかあったのか?」


「あったっぽいよ物騒なのが」


「えーっと、俺も行こうか?」


「秋山君戦う為の装備訓練してない拳銃しか無いじゃん。今日は待機。普通に仕事してて」


「お、おう……分かった」


 確かに自分が着いて行っても、自分が頑丈で怪我しないだけで役に立たないかもしれない。

 ただ、今のハルカを一人で行かせるのは不安ではあった。


「まあもしなんかあったら連絡くれ。仕事ぶん投げてでも行くから」


「いや仕事はぶん投げないでよ……まあでも、うん。分かった。ありがと」


 そう言ってハルカは秋山の隣を横切る。


「じゃあ行ってきます」


「おう、行ってら」


 そう言ってハルカを見送るが正直不安しかない。


(……大丈夫か?)


 今朝の事に加えて一応怪我人なのと危険運転常習犯。

 不安要素が三重苦。

 そんな不安を抱きながら事務所へと戻ってきた秋山は、近くで端末を弄っていたアルバートに声を掛けた。


「廊下でハルカと会ったんですけど、アイツ今度はどういう用件で呼び出されたんですか? なんか物騒な事が起きたらしいんですけど」


「ああ、起きたな物騒な事が。その事件への応援だ。とりあえずネット開いてみろ。トップページで早速ニュースに……ってまだ記事読むのとかはしんどいか」


「翻訳掛けながらだと手間掛かりますからね」


「……今回起きたのは、ざっくり言えば強盗殺人だよ」


 アルバートが落ち着いた様子で教えてくれた。


「い、言ってる事の割には落ち着いてますね」


「元々そういうのを捜査する側の人間だったからな。一般人のように一々驚いていられん」


「そ、そうですね……確かにそうだ。で、アレですか? 犯人立て籠もってて、ハルカが強いから応援に呼ばれたとかそんな感じですか?」


「いや、立て籠もってる訳じゃない。犯人はブツを奪って逃走中。ハルカは犯人を捜す為の人員として呼ばれたらしい。だが強いからというのはその通りだろうな。おそらく犯人に辿り着けば一戦交える事になるだろうから」


「なるほど、穏便にはいかないでしょうね」


「そういう事だ……っていうのが本題な訳だが呼ばれた理由はどうもそれだけではないらしい」


「というと?」


「昨日お前と外回りをしているのを警察課の連中が見付けたらしくてな。全然ピンピンしてるじゃねえか! との事だそうだ」


「因果応報って奴ね」


 ソフィアが話に割り込んで来る……が。


「ソフィアさん共犯じゃないですか」


「そうだぞ主犯格」


「その金で飲み食いしてた時点で此処に居る全員同罪だと思うんだけど。此処に居る皆が悪い」


 ……ぐうの音も出ない。

 否、出す。


「いやでも実際怪我してる訳で……その原因作ったのは保安課なんで、うん。怪我の程度はともかく……って感じだとは思うんですけど」


「そうだ、保安課が悪い。俺達は悪くないぞ」


「……アンタの古巣でしょ。染まったなぁ」


「お陰様でな」


 とまあその辺の問題の後処理は主犯格のハルカが何とかしに行っているので、申し訳ないけどその辺りはお任せするとして。

 ソフィアが離れた後、話題はハルカが抜けた後の仕事の話へと切り替わる。


「そうだマモル。お前今日自分にどういう仕事が割り当てられているか把握しているか?」


「いや、正直雑用以外何も聞かされてないですね」


「これは事が起こった時に説明するつもりだったみたいだな……なら今説明しておこうか」


「あ、お願いします」


「今日のお前の仕事は転移者が現れた場合の案内だよ。初日に俺とハルカがやっていたような感じだ。今日もし新たに転移者が現れたらその案内をする。その当番だったんだよお前ら二人」


「あーそうなんですか。でも俺まだこの世界の事殆ど知りませんよ? やり方とかも見て覚えた事位しか知らないし」


「だから一人でやらせるわけにはいかないんで、有事の際は俺とお前で動くことにな

る」


「整備担当なのに?」


「やはりおかしいだろう。都合良く扱われているよ」


 溜息を吐いた後、だが、とアルバートは言う。


「今回の事は俺達にとっても都合が良い。丁度時間を取りたかったんだ」


「何かやるんですか?」


「転移者は毎日来る訳じゃないからな。結果的に待機で時間が終わる場合の方が多い。だったらそうなる事を前提で俺が本来受け持っている仕事を進めたい」


「アルバートさん本来の仕事っていうと……ああ、俺の装備用意してくれるんですか!?」


「銃はあくまで仮だからな。今日渡せる物があるかは分からんが、それでも少しでも早くお前に合った物を用意する為にやるべきことをやっておく。だからもうしばらくしたら外に出るぞ」


「外……いや、ちょっと待ってください。俺山程雑用残ってるんですけど」


「残ってるな」


「基本待機時間使ってこういうの終わらせるんじゃないですか?」


「そうだな」


「…………ブラック企業だぁ」


「否定してやれなくて申し訳ない」


 二人して溜息を吐く。

 自分も大変だが、恐らくアルバートの方が仕事を抱えている事を考えると、これ以上何も言えない。


「とにかく、後片付けだけして準備しておけ」


「ちなみにどこ行くんですか?」


「保安課の武器庫だ。そこである程度装備の方向性を決める。もし丁度良いのがあれば一時的にそれを貸し出してもらう申請をしてみよう。基本無理だが何とか通す。新人が動きたくても動けない状態をそのままにしておくわけにはいかないからな……着いていきたかったんだろ」


「まあ、そうですね……正直なんで俺アイツ一人で行かせてんだろってのは思ってます」


 それにそもそも今はあまり一人にしておきたくないからというのもあるけれど。


「なら早い所戦えるようにならないとな」


「そんな訳でよろしくお願いします」


 こうしてただ頑丈なだけの自分が強くなるための行動を始めたのだった。

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